成果報告書 
目 次
はじめに

【成果報告書】
(pdfファイル、2.5MB)
【お断り】印刷はできませんので、紙媒体でご覧いただくときは、恐縮ですが、こちらをご覧いただき、各論文の初出掲載誌等をご参照ください。
 目 次

はじめに

第1部 市場秩序形成の諸問題 市場と消費者・企業

 1.川M  昇「市場をめぐる法と政策」
 2.山本 敬三「契約規制の法理と民法の現代化」
 3.佐久間 毅「消費者契約法5条の展開― 契約締結過程における第三者の容態の帰責」
 4.齊藤 真紀「企業統治」
 5.前田 雅弘「インサイダー取引規制のあり方」

第2部 社会的秩序形成の諸問題 社会的支援と労働

 1.新川 敏光「福祉レジーム転換と小泉構造改革」
 2.服部 高宏「ケア・制度・専門職― 福祉国家再編への視座」
 3.村中 孝史「労働法の役割と今日的課題― 労働紛争処理の観点から」

第3部 法実現の諸問題

 1.高木  光「法執行システム論と行政法の理論体系」
 2.山佳奈子「金融機関経営者の刑事責任― 特別背任罪を中心に」

第4部 自由と共同性の新たな法モデルをめぐって 自律からの出発

 1.土井 真一「人格的自律権論に関する覚書」
 2.木南  敦「ロックナー判決における自律と自立」
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 はじめに

 本報告書は、科学研究費補助金・学術創成研究「ポスト構造改革における市場と社会の新たな秩序形成 −自由と共同性の法システム」(課題番号19GS0103)(以下では「本研究プロジェクト」と呼ぶ)の成果の概略をまとめたものである。
 本研究プロジェクトの成果は既に多数の論文等で公表されているが、それらのすべてを冊子体でまとめることは困難である。そこで、研究代表者及び研究分担者の公表論文からそれぞれ一篇を選び出し、アンソロジーを編むことによって本研究プロジェクトの成果の概略を示すことにした。それが本報告書である。
 以下では、まず本研究プロジェクトの内容を背景・目的・方法の観点から説明し、その上で本研究プロジェクトの成果を部門毎にまとめ、本報告書に収められた論文の位置づけを示すことにする。

1.研究開始当初の背景

 バブル崩壊後の長期停滞から脱却すべく、「構造改革」が推し進められた。そこでは、従来、多くの分野で共同体的な関係に根ざした不透明な制度や慣行が存在し、様々な保護行政により効率の悪いシステムを温存してきた構造に長期停滞の主因があり、この構造的要因を除去し、人々の創意工夫を生かす自由な活動の促進が社会・経済の再生に不可欠と考えられた。しかし、単純に規制をなくすだけでは、不公正な取引が横行し、企業の組織形成においても、強者による不公正な支配に歯止めが効かなくなる。そのため、規制緩和の一方で、市場の公正さを確保し、自由な競争を保障するための規制の拡充・強化が要請される。また、そうした自由で競争的な市場に委ねることは効率性の追求に役立つとしても、それにより私人間の関係形成が歪められ、社会の存立基盤を掘り崩すような結果がもたらされる危険性もある。構造改革は、人々を他律から解放しようとしたが、今求められているのは、自律としての自由を尊重しつつ人々の共同性を確保することを可能にする法システムであると考えられる。

2.研究の目的

 従来型の規制でも自由放任でもなく、自由を尊重しつつ共同性の確保を可能とする法システムのあり方を検討することが目的である。次の3つの側面から検討を進める。(1)市場の秩序形成。自由で競争的な市場と公正な取引を確保する制度、企業活動を活性化しつつ逸脱行動を防止する企業組織を検討する。(2)社会の秩序形成。自律と信頼を確保する制度として契約・責任・家族制度を再検討し、効率性原理の浸透が社会と個人の存立基盤を脅かさないようにするセーフティネットを検討する。(3) エンフォースメント。個人や団体の自律的イニシアティブの活用も含めた実効的法執行システムのあり方を検討する。これらの検討を通じ、将来整備を進めるべき法的規制のプログラムを提言する。

3.研究の方法

 研究の中心的な課題として、市場秩序と消費者支援、個人の自立と社会保障、これらに相応しい規制・執行システムに焦点を合わせる。研究期間を3つの期に分け、第1期(平成19・20 年度)を各課題領域における現状の把握と問題点の整理、第2期(平成21・22 年度)をそれに基づく新たな法モデルの検討、第3期(平成23 年度)をこの法モデルを基礎とする具体的法的規制のプログラムの検討にあてた。

4.研究の成果

(a)市場の秩序形成についての解明

(1) 企業間秩序にかかわる競争法に関する調査と分析

 競争法の目的を消費者厚生の向上と考える点についてはコンセンサスはあるが、消費者厚生の内容とそのための競争法のあり方については不明確な点があったことから、消費者厚生の多義性を踏まえつつ、一般市民の期待及び競争法の手段と整合的な観点からその意義を確定した。さらに、「競争法の介入は、規制対象たる行為が消費者厚生に及ぼす直接的影響のみによって評価する」というアプローチが決定不能状態をもたらしたり、所期の目的に照らして機能不全に陥る状況を明らかにし、競争法の直接的な制御対象である競争プロセスへの影響を第一次的判断基準とすることにより、その難点を回避できることを明らかにした。また、競争ルールの公正さに注目するこの考え方が、当事者にとっての法の遵守可能性、市場参加者にとっての予測可能性の点で望ましいことを明らかにするとともに、この立場が規範的参照点を定めることによって、消費者厚生についての帰結主義的な評価も可能にすることを示した。それを踏まえて競争法の規制のあり方についての提言も行った。それらの成果の概要は、第1部1.に収録の川M論文がまとめている。

(2) 企業・消費者間の秩序にかかわる消費者契約法制に関する調査と分析

 契約に関する規制の変容を受けとめるための基礎として、契約規制は、他律型規制と自律保障型規制に分かれ、自律保障型規制には、自律を侵害から保護するための規制と自律を支援するための規制が含まれ、前者の規制は、契約時にすでに意思決定の自由が侵害される場合の規制と、契約時に侵害はなく、みずから同意した契約に拘束され、将来の自己決定が拘束されることによって侵害が生ずる場合の規制に分かれるという分析枠組みを設定した。その上で、2000 年に制定された消費者契約法をはじめ、90 年以降の立法および判例は、全体として、他律型規制から自律保障型規制にシフトしてきていること、自律を支援するための規制が不十分であることも示した。以上の成果の一部は、第1部2.に収録の山本論文にまとめられている。また、第1部3.に収録の佐久間論文は消費者法にかかる具体的な提言の一例である。

(3) 企業内秩序にかかわる企業組織法及び金融資本市場法に関する調査と分析

 企業結合は、特に構造改革期に活発に行われたが、その統一的な規制が存在しないまま放置されてきたことを踏まえ、諸外国の法制を参照しながら、この問題に関する多様な規律の相互作用を視野に入れ、開示規制・実体規制の双方において問題点を解明した。その成果の一部は、日本私法学会で発表し出版された。
 企業内のガバナンスについては、平成17 年法によりその基本原則である株主平等原則が明文化されたことを踏まえ、それが形式的処理を要請したため保護を希釈化し、利益衡量を硬直化させたことを明らかにした上で、原理的な比較衡量基準を提案した。また、企業組織については、構造改革期にソフトローによる整序の必要性が強調されたものの、それが作動するメカニズムが十分に解明されなかったことを踏まえ、諸外国の法制を参照しながら、ソフトローの機能する局面とそれが機能しない局面を区別する方向で分析し、ガバナンスについての法のあり方を示した。その成果の一部は、第1部4.に収録の齊藤論文にまとめられている。
 また、企業内秩序を健全に保つには金融・資本市場のインテグリティを確保することが不可欠であるが、その規制の不備への対処は重要な課題であった。これについて、金融・資本市場における規制基準の内容とともにその遵守を確保するメカニズム設計が課題となる。後者はエンフォースメント部門の問題と連携した課題である。このような観点から金融・資本市場のあり方について多角的な検討を行った。特に資本市場のインテグリティ確保に重要でありながら、規制の困難なインサイダー取引を例に規制の内容とエンフォースメントメカニズムの設計について、具体的な政策提言を行った。第1部5.に収録の前田論文はインサイダー取引規制の今後のあり方についての提言をまとめたのである。

(b)個人の自立と社会保障

(1) 福祉国家と社会保障の変容に関する調査と分析

 マクロ政策面での研究

 福祉国家の成立とその特徴について調査・分析し、自由・平等・友愛という普遍的価値は国境に限定された国民的連帯として実現され、福祉国家とは国民国家の完成であり、市民=国民としてのみ、社会権が成立したのに対し、現在、こうした枠組みは、グローバル化、高齢化、家族の多様化のなかで揺らぎつつあることを明らかにした。さらに、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア等、これまで家族主義が強いとされてきた福祉国家で生じている変容を調査・分析し、そこでは自由主義化といわれる現象がみられるものの、単純な収斂をみているわけではなく、各国の制度遺産を反映して、異なったタイプの自由主義化がみられることを明らかにした。こうした「収斂の中の多様化」のなかから、社会保障の新たな枠組みとしてどのような可能性があるのかという課題を設定し、日本を含む東アジアにおける社会保障改革について調査・研究を進めてきた。それらを通して今後の日本で採用すべき方策について提言した。その成果の一部は第2部1.に収録の新川論文にまとめられている。

 ミクロ政策及び基礎理論的考察

 社会保障のあり方については資源配分にかかわるマクロ政策に還元されない側面の考察が現下のボトルネックを打開する上で不可欠である。そこで検討すべきは普遍志向の正義的考察からケアの倫理による原理的な考察である。この点についても法哲学的な考察をケアの現場との対話の中で進め、ケア倫理の中から新たな制度と専門家のあり方についての展望を得た。その成果の一部は第2部2.に収録の服部論文が明らかにしている。


(2) 労働法制の見直しに関する調査と分析

 労働及び労働法の分野における構造改革を歴史的に位置づけ、その結果、プレ構造改革期は、労働組合の組織率の低下に伴い立法的・行政的介入の必要が高まり、80 年代から規制強化の傾向がみられたのに対し、90 年代以降、派遣労働や有料職業紹介等の分野で規制緩和が進み、構造改革期には、非正規従業員の増加が進むと同時に、正規従業員についても成績主義が強化され、濃密な人間関係に支えられた日本的労使関係像が弱体化してきたことを明らかにした。また、高齢化に対応した社会制度の整備が喫緊の課題となり、将来の社会保障負担の軽減が図られるとともに、企業に対しても少子化対策の負担が求められる状況を明らかにした。これをもとにして、集団的な交渉システムの再構築の可能性と労働者保護法及び労働契約法の役割という2つの柱を立て、諸外国の法制を参照しながら、労働法制を見直す方向性について検討を進めている。その成果にもとづく今後の労働法の方向性についての提言の概略は第2部3.に収録の村中論文がまとめている。


(3) 財産管理と自立支援に関する調査と分析

 財産管理については、高齢社会における民事信託の意義と可能性について、専門家による情報提供を踏まえて検討した。その成果の一部は、すでに公表した。自立支援については、成年後見および社会福祉を重点領域として取り上げ、実務家や専門家を招いて共同研究を行い、自立支援という目標となる価値理念の意味のほか、その実現・実施の困難さとその原因及びそれを克服する方策を検討した。

(c)規制・執行システムのあり方

(1) 行政規制

 即時的命令強制行為、法規命令、法執行システムを集中的に検討し、行政強制論から義 務履行確保論への大きな流れを確認し、わが国行政法規における「実効性確保」のための 法的な手段が未整備であることを明らかにし、今後の方向性として「行政制裁金」ないし「強制金」の導入・強化が望ましいことを示した。その成果の概略は第3部1.に収録の高木論文が明らかにしている。


(2) 刑事規制

 EUの制度等を参照しつつ、独禁法及び法人処罰の現状と問題点を明らかにし、いっそう実効性の高い規律の実現には、刑事罰を廃止して課徴金制度への完全な移行を図るべきであるという方向性を示した。また、経済的規制において個人に対して刑事制裁を活用する際の限界についても研究を進めた。第3部2.に収録の山論文は後者の成果の一部である。

(3) 民事規制

 刑事規制及び行政規制における調査・分析の成果を踏まえ、(a)(b)に述べた具体的課題のなかで、各規制の相互関係及び相補関係に留意し検討した。

(d)基本的法モデルの検討と提示

(1)「自律と共同性」の法モデルの研究

 自律を尊重する個人保護のあり方として、認知能力の限界を踏まえて学習可能な状況を作出する法の整備と学習不能な状況への対処としての直接的な介入という構造を持つ法モデルをポスト構造改革の法モデルとして構想した。自律を尊重する法規制の構想としては、行動経済学的な観点からCass R. Sunstein らが提唱したリバタリアン・パターナリズムが世界的に著名である。本研究では、国内各地・他分野の多数の研究者の協力を得ながら準備作業を行い、Sunstein を招聘してシンポジウムを開催し、リバタリアン・パターナリズムの理解を深めた。この理解に照らして本研究の構想する法モデルの妥当性を詳細に検討した。

(2) 憲法秩序と市場秩序・社会秩序の再編成

 社会生活の基本的秩序が法体系においてどのように構成されるかという体系的・理論的問題を基礎にすえ、憲法と民法が交錯する実践的諸問題を取り上げ、社会秩序の実相とポスト構造改革における方向性について調査・分析を進めた。個人の自律を尊重しつつ「適切な支援」を考えるには、個人の自律性の憲法的位置づけ及び自律と自立を巡る基礎的な法原理を明らかにする必要があり、まずそれを解明した。その成果の一部は第4部1.に収録の土井論文、第4部2.に収録の木南論文が明らかにしている。
 この基礎の上に、自律を尊重する個人保護のあり方として、認知能力の限界を踏まえ学習可能な状況を作出する法の整備と、学習不能な状況への対処としての直接的な介入という構造を持つ法モデルをポスト構造改革の法モデルとして検討した。この成果はまだ公表されていないが順次発表することを予定している。

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 初出掲載誌等

川M  昇「市場をめぐる法と政策(1)〜(3・完)」
 民商法雑誌139巻3号(2008年)256〜301頁、4・5号(2009年)439〜465頁、6号(2009年)581〜606頁

山本 敬三「契約規制の法理と民法の現代化(1)〜(2・完)」
 民商法雑誌141巻1号(2009年)1〜44頁、2号(2009年)177〜222頁

佐久間 毅「消費者契約法5条の展開― 契約締結過程における第三者の容態の帰責」
 現代消費者法14号(2012年)

齊藤 真紀「企業統治」
 旬刊商事法務1940号(2011年)18〜31頁

前田 雅弘「インサイダー取引規制のあり方」
 旬刊商事法務1907号(2010年)25〜34頁

新川 敏光「福祉レジーム転換と構造改革」
 民商法雑誌145巻2号(2011年)143〜180頁

服部 高宏「ケア・制度・専門職― 福祉国家再編への視座」
 法の理論30号(2011年)119 〜140頁

村中 孝史「労働法の役割と今日的課題― 労働紛争処理の観点から」
 月刊司法書士462号(2010年)

高木  光「法執行システム論と行政法の理論体系」
 民商法雑誌143巻2号(2010年)143〜169頁

山佳奈子「金融機関経営者の刑事責任― 特別背任罪を中心に」
 金融機法務事情58巻25号(2010年)2185〜3223頁

土井 真一「人格的自律権論に関する覚書」
 初宿正典・米沢広一・松井茂記・市川正人・土井真一編『国民主権と法の支配:佐藤幸治先生古稀記念論文集/下巻』(2008年、成文堂)

木南  敦「ロックナー判決における自律と自立」
 民商法雑誌146巻1号(2012年)、2号(2012年)掲載予定

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