記 録:社会秩序形成部会研究会 〔部会研究会一覧
 
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平成23年度 第10回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成24年3月17日(土)15:00〜18:00
    場 所:京都大学法経本館1階・第11教室
吉田克己(北海道大学教授)
「権利・利益・帰属―「財の法」の基礎理論構築にむけての一試論」
 今回の報告では、財の法の再構築を企図した原理的な考察が展開された。出発点として紹介されたのは、「二重性のアポリア」と呼ばれる問題である。一九世紀フランスの物論・財産論においては、物が客体であり、そのうち人間にとって有用な物が財産とされた。この財産には、無体財産として所有権をはじめとする権利が含まれたが、他方、主体と客体の間に成立する帰属関係もまた所有権とされた。所有権の概念は、客体自体と主体・客体関係とに重複する形で現れていたのである。財産を主体と客体との間の帰属関係で定義したボワソナードの理論も、他方では客体たる物の中に権利としての無体物を含めていた点で、このアポリアを克服するものではなかったし、他方、彼の影響下に起草された明治民法では、無体物を権利の客体に含めないという形で理論上の整合性は確保されたものの、結果として現実社会における無体物の重要性は過小評価されることとなった。
 こうした経緯からは、権利・利益・帰属という基本概念の整理・再検討の必要性が浮かび上がってくる。その最初の手がかりとなるのが、オストの権利利益論である。その特徴は、利益と権利とを連続的なものと捉えたところにあるが、ここにおいて、不法利益、法が無関心な利益、法が保護する利益、特別な保護が付与される利益=権利という形で、両者の関係は段階発展的なものと把握される。
 では、ここでの利益と権利を客体とみるか帰属関係とみるべきであろうか。報告者によれば、利益は客体に、権利は帰属関係に位置づけ、利益の法的保護の態様が権利とするのが適切という。そうすると次に必要となるのが、帰属概念についての検討である。この点、所有権を物と主体との帰属関係と捉えるジノサールとゼナチの説は示唆的であるが、帰属関係は専ら所有権によって一元的に構成するべきではなく、客体(媒体・価値)に関する抽象的一般的帰属関係であるところの所有と、この所有関係の具体的な内容を表現する具体的帰属関係であるところの所有権とは、分けて捉える必要がある。そうすることによって、財の実体を価値(有体物の場合、その具体的な存在物は価値の媒体)と解しつつ、主体とその価値との帰属関係を権利とする論理構成は、先述のような利益と権利の段階発展的な理解の下に維持されることとなる。
 報告の末尾では、以上の総論的な議論を基に、金銭債権、物のパブリシティ、身体のそれぞれをめぐる各論的な考察が試みられ、理論のさらなる深化に向けた方向性と課題が提示された。対して、参加者からは、利益と価値の関係、帰属概念の境界、価値の有無の判断をめぐる基準など、論理・概念の精緻化にかかわる諸論点の他、価値と帰属を軸にした論理構成が現実の財の多様化への対応をかえって阻害するのではないかといった疑問も提出され、刺激的な議論が交わされた。
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平成23年度 第9回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年2月24日(金)〜25日(土)14:00〜17:40、9:30〜12:00
    場 所:国際高等研究所 セミナー1
笹田 昌孝 氏(滋賀県立成人病センター総長・病院長)
「変遷する医療とケアの将来」
佐藤 恵子 氏(京都大学大学院医学研究科特定准教授)
「がん進行期の患者のケアに必要なこと」
齋藤 有紀子 氏(北里大学医学部医学原論研究部門准教授)
「療養生活と倫理・人権:身体拘束・胃ろうをめぐる問題」
 笹田昌孝氏は、団塊世代が日本人の平均寿命を迎える2025年後頃を一つの目安に、複数の疾病を抱える高齢者(後期高齢者)の急激な増加への対応が必要となる今後の医療やケアの在り方について、患者の納得のいく生涯につながり、高齢でも自立して生きることを促すものであることが求められると説いた。そしてそのためには、高度先進医療の徹底した推進や三大病の予防の推進、さらには医療需要の減少と診療の合理的削減が必要とされる一方、医師、薬剤師、看護師、保健師など広義の医療者の相互の協力と、さらには高齢者の自立的生活を可能にする都市作りが求められると主張した。
 佐藤恵子氏は、自らの臨床での経験から、患者に対して求められる2つの対人援助、すなわち客観的な苦しみの緩和・除去という意味での「キュア」と、主観的な苦しみの緩和・除去という意味での「ケア」の両方が患者に対しては必要であると説いた上で、本報告ではとくに後者に着目して、傾聴に基づく共感的理解という方法に拠るスピリチュアル・ケアの意義と、これを技法化することでの医療者の負担軽減の重要性、さらにこの技法を医療者の教育プログラムに組み込む形で制度化する必要性を強調した。
 齋藤有紀子氏は、生命倫理や倫理の捉え方にふれた上で、医療における身体拘束について、尊厳という言葉に込められる意味も含め、人によって問題の捉え方が微妙に異なることに注意しつつ、厚労省ガイドラインの言葉遣いや裁判所の論理を視野に入れながら、身体拘束を必要とする理由とそれに反対する理由とを丹念に拾い上げることで、問題の所在を探った。また、胃ろうについても、平成23年末のガイドライン試案のあらゆる場合を想定した規定ぶりなどをふまえ、この問題の難しさを示唆する一方、本人の死生観等のきれいな言葉でこれに決着が付けられることの危惧も指摘した。
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平成23年度 第8回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成24年1月28日(土)10:00〜12:00、14:00〜17:00
    場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
討論会
 本研究会では、ヨーロッパ私法に共通すると考えられる準則の一部を成文化した、共通参照枠草案(Draft Common Frame of Reference. 以下、DCFRとする)の内容について、意見を交換し、討論を行った。
 DCFRは、第T編(General provisions)、第U編(Contracts and other juridical acts)、第V編(Obligations and corresponding rights)、第W編(Specific contracts and the rights and obligations arising from them)、第X編(Benevolent intervention in another's affairs)、第Y編(Non-contractual liability arising out of damage caused to another)、第Z編(Unjustified enrichment)、第[編(Acquisition and loss of ownership of goods)、第\編(Proprietary security rights in movable assets)、第]編(Trusts)の全10編から成る。各編の条文の量は膨大であるため、各編を更に細分化し、それぞれの部分につき事前に担当者を決定しておいた。初めに担当者の側からDCFRの内容について議論が必要と思われる部分につき、問題提起がなされた。その後、各担当者の問題提起を受けて、研究会全体で意見の交換及び討論を行った。
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平成23年度 第7回社会秩序形成部会研究会・第3回市場秩序形成部会研究会
    日 時:平成24年1月27日(金) 15:00〜17:00
    場 所:京都大学法経北館3階 第8演習室
西村 邦行氏(学術創成研究員)
  「『新しい社会』再読―E・H・カーとP・F・ドラッカーの比較から」
長久 明日香氏(学術創成研究員)
  「国際経済交渉における消費者の役割−日本のEPA交渉を事例に」
西村報告:2011年10月の研究会において、報告者は、国際政治学の祖E・H・カーの理論に通底する社会民主主義的な思想基盤について検討を行った。その際、参加者から、そもそも社会民主主義とは何かといった概念規定の問題が提起されたが、今回の報告では、その点も踏まえて、カーをより広い思想的な附置関係の中で捉えることが試みられた。
 具体的には、経営学の祖ドラッカーとの比較が行われた。二人の知識人は、専門とする対象も、思想的な方向性も、大きく隔たっていたように思われる。しかし、第二次世界大戦前後の時期、両者は共に、来たるべき秩序に関する政治思想的な考察を展開していた。こうした知的な交錯を繰り広げていた時期の各々の思索は、奇しくも同名の著書『新しい社会』(カーは1951年、ドラッカーは1950年)において一定の到達を見たが、その点、この二冊の書においては、両者の思想の異同が特に明瞭と言える。
 まず、自然調和の思想に体現された合理主義の精神が同時代になっていよいよ行き詰まりを示していたこと、そこにこそ二つの世界大戦の時代の危機が存在していることが、いずれの作品においても基本的な認識として横たわっていた。その上で、この危機の解決策においても、二人の立脚点は似通っていた。確かに、一方のカーが主要企業の国有化を、他方のドラッカーが中間団体としての企業の独立性の担保を説くとき、両者の立場は対極にあるようにも思われる。しかし、これらの策は共に、労働者の意欲と個の自律性を取り戻すことに向けられており、その基礎には、民主主義に基礎を置いた一九世紀後半の原初的な社会主義が想定されていた。
 こうして、カーとドラッカーの間には、方法面での差異と同時に、思想基盤の共通性が存在した。ここからは、現代の政治でもしばしば問題となる政府の規模といった対抗軸が、単純に過ぎるものであることも浮かび上がってくる。今後は、カーに批判を投げかけたハイエク、ドラッカーと親交のあったK・ポランニーらとの関係についても検討を進めていくことで、この四半世紀、世界的に再編が進んできた戦後福祉国家体制をめぐる思想的な軸に、非従来的な視点からアプローチする可能性が考えられる。
 報告後、参加者からは、二人の思想家を今取り上げることの意義、とりわけ政治学の中で取り上げることの意義などを中心に、有益な問題の提起やそれに対する示唆の提出が行われた。
長久報告:本報告は、国内政治における消費者の役割や地位の改善を受け、国際政治、特に経済交渉における消費者の役割を検討するものである。まず、これまでの日本のEPA交渉研究では、協定締結の経済効果の分析が中心であり、包括的な交渉研究が十分でないことを指摘した。また、より政治的な文脈からの分析でも、かつての日米交渉研究を援用した2レベルゲーム等による分析が中心であり、そこでは、政府と輸出産業・保護産業といった利益集団のみがアクターとして取り扱われている。しかし、今日のEPA交渉はそのような利益集団間の相互作用だけでは十分分析できない。そこで、本報告では、これまで国際経済交渉で見逃されてきた消費者という新たなアクターを分析に加えることで、今日の国際経済交渉の新たな側面を描写した。
 具体的には、メキシコ、タイとのEPA交渉を事例として取り上げた。その結果、一般に指摘されているような輸出産業界から農業分野への圧力が強かったわけではなく、消費者一般の交渉決裂に対する批判的な反応が、交渉締結に一定の役割を果たしたことが示された。しかしながら、今回の報告では、消費者の間接的な影響力しか認められず、今後、行われるオーストラリアとのEPA交渉やTPP交渉といったより消費者の注目度の高い事例との比較によって経済交渉における消費者の役割についての理論を発展させることが課題とされた。
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平成23年度 第6回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年10月7日(金) 14:00〜17:00
    場 所:京都大学法経本館3階 小会議室
長久 明日香氏(学術創成研究員)
  「規制調和とWTO−食品安全規制をめぐる問題」
西村 邦行氏(学術創成研究員)
  「社会民主主義の個人像―E・H・カーの諸論から」
長久報告:本報告は、95年に成立したWTO(世界貿易機関)における規制調和の問題について食品安全規制を事例に考察している。そもそも規制調和とは、「国によってまちまちな規制や政策を調和し、その違いをなくすこと、あるいは少なくともより小さくすること」であり、こうした取り組みの背景には、相互依存の認識の高まりや、グローバル化によって共通の問題に対する共通の対応が要請されていることが挙げられる。そのような規制調和のための場としてWTOが機能していると考えられるが、その中でも特に食品安全規制に関わるSPS協定は、WTOと同時に成立し、現在、既に実際の紛争解決が行われているという点で注目される。SPS協定をめぐっては、その科学性の原則が予防原則という異なる価値からの抵抗を受け、アメリカ、EU間の対立が注目されている。さらに、そうした規制調和をWTOが担うことに関して正当性の観点から疑問が提示されている。こうした現状を踏まえ、本報告では、これまでのSPS協定に関する紛争を事例研究することで、WTOが規制調和を行うよりもむしろ各国間の調整の場として機能していることを指摘し、その正当性の問題も調整の観点から再考されるべきことを指摘した。
 以上の報告に対する質疑応答では、調和と調整の定義についてより明確に議論することが求められた。また、本報告での課題を広くガバナンスの問題として捉え、より積極的にWTO成立の意義を提示する必要性があるという指摘があった。
西村報告:本報告では、二〇世紀イギリスの知識人E・H・カーの政治理論を社会秩序一般に関する議論として読み解き、その個人観が社会民主主義に投げかけている示唆について検討が加えられた。
 従来、カーは、国際政治学の古典的理論家として読まれてきた。しかし、近年、彼の視点が国内社会と国際社会とを必ずしも峻別しないものであったこと、彼が積極的に代替的な秩序の構想に取り組んでいたことが論じられるようになってきた。こうした潮流に棹差しつつ、カーの主著『危機の二〇年』へと目を向けるならば、彼が言う理想主義と現実主義との間には、独特の文明史的な視点が埋め込まれていたことが注目される。つまり、カーが理想主義という言葉で意味したのは、アダム・スミス以降の自由主義の流れであり、この思潮が支配的であった時代には、私的利益と公的利益とが自然に調和するとの想定が、社会の倫理的基盤を提供していた。他方、現実主義というのは、この世俗化された形での啓蒙思想が、実践において、格差や収奪といった事態を正当化する中で、理想主義の内在的批判として現れてきた歴史主義的な立場であった。そのとき、現実主義は、歴史の法則性に個人が翻弄される決定論的な世界像として現れてくるが、これは個と全体との調和が崩壊した後の危機の兆表に他ならない。カーが社会民主主義的な秩序構想を提示した時、その背景にあったのはこうした歴史認識であり、だからこそ、彼の解決策においては、構造の中で再び自律的な活動を行い得るようなより強靭な個が想定されることとなった。こうしたカーの理解からは、政治への関与という側面において、国家による生活の保障を目指す福祉国家的な社会像の方が、実のところ、自己責任の論理を説く自由主義的な社会像の方よりも強い個人を想定しているという逆説的な結論が導き出されることになる。以上のように論じて、本報告では、社会民主主義の連続性・断絶性を見る際、複数の軸が必要となることを指摘した。これに対し、参加者からは、社会民主主義とはそもそも何かといった定義の問題や、その中に置いて敢えてカーを取り上げる意味について、活発に議論が交わされた。
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平成23年度 第5回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年7月15日(金)・16日(土) 14:00〜17:30、9:30〜12:00
    場 所:国際高等研究所 セミナー1
服部 高宏氏(京都大学教授)
  「ケア論の動向から見た社会保障問題」
西村 健一郎氏(同志社大学教授)
埋橋 孝文氏(同志社大学教授)
  「社会保障の動向とケア問題(1)」
武川 正吾氏(東京大学教授)
河  幹夫氏(神奈川県立保健福祉大学教授)
  「社会保障の動向とケア問題(2)」
 国際高等研究所研究プロジェクト「ケアと基盤とする社会保障システムの新たな構築」との共催で、研究会を開催した。
 同プロジェクトとしては初回の会合であり、ケア論および社会保障におけるケア問題の最近の動向について,研究会メンバーが概観的な紹介を行い、研究会メンバーの問題関心の共有化をはかった。まず、学術創成研究の研究分担者である服部高宏から、「ケア論の動向からみた社会保障問題」と題して、ケアの概念・性質をめぐる最近の議論状況をふまえ、ケア論が社会保障システムにどのような問題提起をしているかについて全般的な報告し、それをふまえて、参加者がそれぞれの問題関心を紹介しながら、意見交換を行った。
 次に、「社会保障の動向とケア問題」というテーマについて、西村健一郎氏が、「社会保障からみた『ケア』」と題して、ドイツやイギリスでの社会保障の成立から、わが国の社会保障法制の従来の展開過程を回顧したうえで、社会保障法における2種類の給付である金銭給付と現物給付のうち、ケアを後者に位置付け、その意義と問題点について検討を加えた。さらに、埋橋孝文氏が、「日本のセーフティネットのかたち」という題目で、わが国のセーフティネットの諸形態におけるケア問題の位置づけという観点から、比較福祉国家論の視点も入れながら、わが国の現状についての分析と問題提起を行った。
 研究会2日目には、前日に引続き「社会保障の動向とケア問題」というテーマに関して、まず、武川正吾氏が、「岐路に立つ日本の介護システム」と題し、介護の日本的特徴について分析したうえで、介護システムにおけるケアのグローバル化という観点から、外国人介護労働の受け入れなどを具体例として取り上げつつ、日本の介護福祉の今後についての問題提起を行った。次いで、河幹夫氏が、社会保障論のこれまでの流れをふまえつつ、社会サービス給付の制度と実践をめぐる難問という観点から、自由権と社会権の関係への原理的考察も行いながら、ケアの特性とそれを活かす制度構築が抱える問題点を指摘した。
 それぞれの専門領域の知見をふまえて問題を提起し、質疑応答と意見交換を行った。
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平成23年度 第4回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年6月22日(水) 15:00〜17:00
    場 所:京都大学法経本館3階 小会議室
呉 学殊氏(労働政策研究研修機構・主任研究員)
  「合同労組の現状と存在意義―個別労働紛争解決に関連して―」
 呉研究員は1980年代から運動として拡大する個人加盟の合同労組の現状、及び合同労組のもつ紛争解決機能の促進に求められるべき行政支援について報告した。日本の一般的な労働組合の組織形態は企業別組合であるが、近年増加しつつある合同労組について呉研究員は、「当該組合の規約に賛同する労働者であれば個人の誰でも組織でも加入できて一定地域を基盤に労働三権(団結権、交渉権、行動権)を行使する労働組合」と定義する。
 合同労組の一種とされるコミュニティ・ユニオンは1980年代に地区労により形成され、「労働者の駆け込み寺的な役割」を担い全国的なネットワークも有している。またバブル崩壊以降、組織人口の減少に対する対応策を迫られた連合が組織拡大対象の受け皿として結成した地域ユニオンも合同労組である。連合は地域ユニオンを「一定範囲の地域社会を組織単位としている労働組合」と位置づけ、積極的な展開を図っている。全労連は2002年以降、@労働共済、A常設労働相談所に加えて、Bローカルユニオンの確立を追求してきた。中小労働運動の強化をうたう全労協も「個人でも入ることができる合同労組の役割は決定的に大きい」との見解を示している。
 これらの合同労組の活動で最も重視されているのは、労働相談・紛争解決である。合同労組の労働紛争自主解決率は約50~75%と比較的高い。個別の労働紛争は使用者側の労働法規違反、労働法への無知から生じているものが多く、行政が労働法の周知・遵守の徹底化を図るべきであるところ、合同労組が使用者側との団体交渉により紛争解決を行っている。労使の紛争解決・予防には労使間のコミュニケーションの改善や使用者への労働教育が必要とされるが、加えて呉研究員は、労働相談や労働情報の提供といった公的役割を担っている合同労組に対し、公的支援のあり方を具体的に検討すべきであると主張する。議論では、合同労組による紛争解決は行政・裁判による紛争解決方法に比べて公正であるか、合同労組を利用した労働者は紛争解決の結果に満足しているか、合同労組が従来の企業別労働組合が行うべき仕事を担うことにより、労働組合に存在する問題を隠してしまっていないか、厳しい財政状況、受け身的な運動といった合同労組の限界をどうするか、従来の企業別組合がユニオン・ショップ協定を変えて非正規労働者を加入対象とすることは可能か、といった疑問や意見が出された。
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平成23年度 第3回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年6月18日(土) 13:00〜17:00
    場 所:京都大学総合研究2号館2階・公共第1RPGルーム
岸野  薫 氏(香川大学法学部准教授)
  「持続可能な社会の実現と財産権――環境問題からのアプローチ」
赤坂 幸一 氏(九州大学法学研究院准教授)
  「私法秩序と基本権」
岸野報告:本報告は、現代における資源枯渇問題へのアプローチの1つとして、世代間衡平の議論を手掛かりに、「現在の世代は、将来配慮責務を根拠に、現に資源を有する者の財の処分の自由をどこまで制約し得るか」という問いに取り組むものであった。
まず、世代間衡平に関する議論として、ロールズの貯蓄原理、シュレイダー=フレチェットの世代間契約論、パートリッジの権利論、ヨナスの責任論など一連の先行研究が紹介され、各理論の孕む問題点が指摘された。
 その上で、デ・シャリットの共同体論に特に注目し、相互性を欠く世代間に配慮責務を成り立たせるにあたって、道徳的類似性を有する共同体を時間次元で拡張した「世代を超えた共同体」の観念が有効である旨が示された。そこでは、同一の共同体に属する過去の世代も、将来の世代も、現在の自己を定義する一部とみなされるため、将来配慮という通時的・普遍的倫理は、共同体内において比較的容易に共有される。この点で、共同体論は、現在の世代の道義的責務を導き出す手掛かりになる可能性のあることが示唆された。
 最後に、以上の議論を、環境法の分野で用いられる予防原則や事前配慮責務に照射し、その理論的根拠としての意義と、法的議論に持ち込む場合の限界が提示された。
赤坂報告:本報告は、ドイツにおける私法秩序と基本権の関係をめぐるドグマーティクの変遷・蓄積を跡付けたうえで、基本権保護義務論に内在する複数の観点を剔抉し、議論の位相の明確化が意図された。すなわち、自然法思想の再興を受けた初期学説から、主観的基本権と客観的価値秩序の併存を認める判例の確立、アレクシーによる三次元モデルの提示などを経て、1980年代以降に通説化した保護義務論の作用=権限法的含意が指摘された。
 その上で、1980年代後半以降の基本権作用(Funktionen der Grundrechte)の分節化をめぐる議論を取り上げ、基本権保護義務論には(a)公権力行使を正当化し、社会契約のメタファーによる国家の超憲法的な〔法的〕安全確保任務を措定する思想史・国家哲学の観点、(b)Annextheorieによる両観点の併存、〔主観的・抽象的な「法的価値」ならぬ〕基本権法益の保護を説く価値理論・原理理論の観点、(c)作用=権限法的側面からMenschenwuerdekernに着目する人間の尊厳(GG1条1項)の観点、(d)防御権に還元して考察する観点、(e)社会国家原理による動態的な利益(再)配分と,基本権保護義務による静態的な現状維持とを憲法上区別して取り扱うべきだとする社会国家原理/基本権保護義務峻別論の観点を取り上げ、わが国において「基本権保護義務論」を説く場合には、基本的に(a)・(c)を基盤とすべきことが主張された。
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平成23年度 第2回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年5月30日(月) 17:00〜19:00
    場 所:京都大学法経本館3階 小議室
久本憲夫(京都大学大学院経済学研究科・教授)
  「日本の労働組合をどう認識するか」
 2011年4月25日の第1回研究会で、今日の日本の労働組合法制について議論が交わされた際、労使関係の実態に関しては、経済学の専門家からも知見を得るべきとの意見が出た。これを受けて開催された今回の研究会では、社会政策論を専門とする久本教授から、労働組合の現状について、最新のデータに基づく分析が提示された。
 まず、日本の企業別労働組合の特徴として、工職一体組合であること、その上で、組合の多くが大企業において組織されているため、高学歴構成員主体の組合であることが指摘された。役職員に目を向けるならば、大卒・大学院修了者の割合は全体の3分の1以上に達し、特に若年層ほど、高学歴化の傾向が見られる。他方、使用者の側も従業員から輩出される内部昇進が主流であるため、彼ら組合員と経営者との間の意識の差は小さく、そのことが日本的雇用システムの形成に寄与してきた。
 1980年代以降の株主構造の変化によって、各企業の経営者が短期業績圧力・株主価値重視への圧力を大きく受ける中、こうした構造にも変化が生じてきたが、2000年代半ば以降は、再び従業員が重視されるような揺れ戻しが起きている。この点、久本教授は、2000年代初頭に各企業で活発に行われた労働者への希望退職呼びかけが、企業の将来を見据えた若い世代の自発性に負うところが大きく、労使問題上の大きなテーマとならずに一般化していったためではないかと見る。2000年代後半の展開は、信託銀行の株主所有比率が高まり株主構造が不安定性を増したことなどからくる相対的な動きであり、雇用保護への意識は従来からある程度一貫しているのである。ただ、この関係で注目されるのは、こうした枠組みの外に位置する未組織労働者である。80年代に常用パートタイマーからフルタイムの労働者を区別すべく現れた「正社員」の語は、2000年代後半、相次ぐ解雇が問題となってきた派遣社員が「非正社員」と呼ばれる中で、急激に使用頻度を増してきたが、非正規雇用の労働者の大半は、中小企業の労働者同様、問題が生じた時のみコミュニティー・ユニオンを訪れ、解決と共に出ていく「回転ドア」的な存在であり、組織の形成・維持には貢献しない。
 このように見るならば、コアシステムの労働組合においては、幹部層の獲得、正社員の多様化、非正社員への拡大が、周辺的システムの組合活動においては、過半数従業員代表制の実質化に加え、インターネットなどを利用した企業外組合組織の対応が求められていると言える。以上の報告を受けて、参加者からは、個々の事実関係についての確認の他、労働組合形成の客観的条件を特定し、立法論に接続させることは可能かといった問題や、政策的議論との連携など、幅広い論点について意見が交わされた。
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平成23年度 第1回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年4月25日(月) 11:00〜18:00
    場 所:メルパルク京都6階 会議室3
名古道功(金沢大学法学部教授)
  「集団的労働法理論の現状と課題」
奥田香子(近畿大学法科大学院教授)
  「労働条件決定システムにおける「労働組合」の関与をめぐる問題」
木南直之(新潟大学法学部准教授)
  「労働組合法上の使用者概念と断交事項」
皆川宏之(千葉大学法学部准教授)
  「労働組合法と労働者概念」
 今回の部会研究会では、構造改革に伴う社会・経済的な変化を受けて、労働組合をめぐる法制にいかなる理論的・政策的な対応が求められているかを軸として、労働法の観点から報告が為された。
名古報告:最初に、名古道功氏が、戦後から今日に至るまでの労働法理論の流れを俯瞰する中で、現在の集団的労働法理論が示している動向を整理した。第二次世界大戦後、多くの労働組合が急速に形成され、労使紛争も数を増す中、労働法学者は、集団的労働法を軸に理論の構築を進めたが、この動きは、1960年頃までに一つの完成を見た。しかし、高度成長による労働環境の変化を受けて、70年代以降は次第に見直しが行われていき、特に90年代以降になると、集団的労働法よりも個別的労働法に関心が向けられていった。この背景には、構造改革の中、非正規労働者の増加もあって、労働組合の組織率が低下したこと、企業再編により使用者概念が多様化する一方で、組合側も対応に苦慮したことなどがあった。ただ、他方では、コミュニティ・ユニオンなどの新たな組織形態も現れており、集団の意義に対する再評価が行われてきている。今後は、企業別労働組合から産別労働組合への移行を阻害する要因の有無など、より個別的な論点について、理論的検討が為されていく必要がある。報告後、参加者の間からは、労使関係論との学際的研究の要否などについて意見が交わされた。
奥田報告:この名古氏の整理と関連する形で、奥田香子氏は、こうした現代の労働組合が個々の労働者の労働条件決定に関わる際の正当性を軸として、今日の労働法理論が抱えている問題を指摘した。これまでの日本の労働組合は、企業別労働組合が主であったことから、従業員代表として機能していると理解されてきた。しかし、組合の形態が多様化している現在、組合代表と従業員代表との潜在的な乖離は拡大している。だとすれば、過半数代表としての企業内組合を前提として、労働組合法を検討し、労働者代表制を構想することには限界があるのではないか。法理論上、特に問題となるのは、過半数組合の優位と少数組合に対する使用者の中立保持義務との関係であるが、近年の個別的労働関係法においても、労働条件決定の個別化をどのように考慮するのかといった点はやや曖昧であり、立法論・解釈論両面でのより精緻な議論が必要である。以上の報告に対し、組合代表と労働者代表との齟齬の可能性といった問題については、過半数組合の優位を規定した当初の立法者の意図からして必ずしも明確ではないのではないか、といった点が議論された。
木南報告:木南准教授の報告は、労働組合法における使用者概念についてである。労組法上、不当労働行為救済問題において使用者概念がどのようなものであるか、またどのような事項が団体交渉事項に該当するかについてはこれまで議論の対象とされることが極めて少なかった。判例、労働委員会は団体交渉義務を負う「使用者」を、「労働関係ないしはそれに隣接ないし近似する関係を基盤として成立する団体的労使関係上の一方当事者」と解する。また朝日放送事件(最三小判平成7年2月28日)は、使用者を「部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位」と定義し、この使用者概念がその後のケースで適用されてきた。しかし、ここ10年における企業再編、企業買収・合併(M&A)などにより、従来の使用者概念で扱うことができない企業類型が出てきていることを木南准教授は指摘する。その後の議論では、企業が再編された場合にどのような事項が団体交渉事項として認められるのか、使用者概念を類型化した場合その基準はどうするべきか、判例法理は企業別労働組合を前提とした論理を展開してきているが、子会社の労働組合に親会社との団体交渉権は認められるのか、非組合の場合はどうかといった点が話し合われた。
皆川報告:皆川准教授は、本報告の課題として、@労組法上の労働者性判断基準に関する学説・判例・裁判例の整理、A平成23年最高裁判決の意義、B集団的労使関係法において労働者性をどのように捉えるべきか、の三点を挙げる。@として、労組法上の労働者概念が問題となるのは不当労働行為(団交拒否)の成否に係る場合が多い。そしてこの場合の労働者性は、恒常的に不可欠な労働力として会社組織に組み込まれていたか、経済的従属性が存在するか、指揮監督下にあり、時間的・人的従属性があったか、といった点から判断される。Aとして、労働者性が実質的に認められた平成23年の最高裁判決が二つ紹介された。Bとして、平成23年の最高裁判決をみた場合、労組法上の労働者性判断枠組としては労働基準法におけるそれと同様の判断要素が出てくるものの、指揮監督や組織従属性があったら労働者性があるとまでいえるのか明らかではないことが指摘される。この点につき、労組法上の目的から労働者性を説明しきれるか、労働者性の判断にあたり、労基法上の従属労働論に加え、どこまで労組法を適用することが適切か、といった問いが論点として出された。  
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平成22年度 第6回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年3月26日(土) 13:00〜17:30
    場 所:楽友会館1階 会議室
中山 茂樹 氏(京都産業大学法務研究科准教授)
  「私法秩序の形成プロセスについて:立法権による規律の問題」
山本 周平 氏(京都大学大学院法学研究科助教)
  「ヨーロッパ不法行為法における減責条項」
中山報告:本報告は、私法秩序の形成プロセスを、ルールとスタンダードの区別を巡る議論を参考としつつ、論じるものである。
 まず、本報告では、医師法17条によって禁じられているにもかかわらず、ヘルパーが痰吸引などの簡単な医行為を行っている実務を取り上げる。このような行為は、一定の条件の下で、実質的違法性阻却されると解されており、許される行為を明確化する立法的整備には危惧の声さえある。このように、「法は明確であればあるほどいいというものではないのではないか」というのが、本報告を貫く視点である。その上で、本報告は、ルールとスタンダードを、法の具体的内容の決定時点による相違と捉えるKaplowの分析をとりあげ、私法をスタンダードとして規律することの是非を検討する。
 第一に、本報告は、憲法が私法秩序についてどのように定めているのかを論じる。そこでは、憲法による決定が実体的決定と手続的決定に区別されることが指摘され、憲法上の権利によって限界を画されるところを除けば(実体的決定)、私法秩序の形成は民主的政治過程に委ねられているとされる(手続的決定)。憲法は、実質的正当性を与えるものではなく、「正しい」社会的決定を探求する権限は議会に与えられているというのである。
 第二に、本報告は、私法の形成プロセスを、コモンロー型(英米)、共和国型(フランス)、基本法型(ドイツ)に分類し、制定法による私法形成を基本とする国でも、民事裁判所が事実上の秩序形成を担っていることを指摘する。
 第三に、本報告は、不明確な法の問題として、法における「遊び」を論じる。例えば、表現の自由の領域などでは、このような「遊び」は許されない傾向にあるが、法の「遊び」には議論・交渉を促進する面もあるため、必要とされる場合もあるというのである。
 最後に、本報告は、私人による秩序形成について論じ、市場経済を所与としつつ、──結果として基本権の違憲な侵害が生じない限り──国家法による秩序形成は、立法政策に 委ねられていると結論づける。 本報告に対しては、自由と憲法との関係や、契約自由の理解などについて活発な議論が行われた。
山本報告:本報告は、ヨーロッパにおける不法行為法の改革において提案されている減責条項について検討するものである。
 まず、本報告では、ヨーロッパ不法行為法の現況として、ヨーロッパ不法行為法グループの公表したヨーロッパ不法行為法原則(PETL)、ヨーロッパ民法典スタディー・グループの公表した共通参照枠草案(DCFR)、及びオーストリア損害賠償法改正に係る討議草案の三つが、いずれも減責条項を規定していることが指摘された。このような減責条項は、日本法における減額論の手がかりとなるとともに、PETL及びオーストリア討議草案における減責条項は憲法上の比例原則を理論的基礎としているため、憲法と私法秩序の問題を考える上でも有益な示唆をもたらすというのである。
 次に、これらの草案における減責条項の内容が確認された。 PETL及びオーストリア討議草案は、考慮要素の規定に若干の違いがあるものの、基本的に似通った内容を有している。両草案において減責条項が導入された趣旨は、完全賠償原則が採用されたために、加害者に過酷な賠償義務が課される可能性が生じ、これが加害者の憲法上の人格権への侵害となることを回避するという点にある。ここでは、賠償義務が加害者にとって過度の負担になる場合に、両当事者の財産状態を衡量して、例外的に責任の軽減を認めることになる。
 これに対して、DCFRでは、「軽微なミスまたは技術的な過失ではあるが道徳的には問題のない行為が、損害を惹起し、その賠償が不均衡なほどの負担を加害者に課すことになる場合」に減責条項が意味を持つとされる。具体的には、@故意の場合には減責は認められず、A全部責任が帰責性・損害の範囲・損害予防手段と比べて不均衡かどうかが考慮され、Bそれが公正かつ合理的な場合に減責が認められる。
 以上のように、PETL及びオーストリア討議草案は、人格権の保護の要請から、当事者の財産状態を考慮して減責を認めるのに対して、DCFRは、加害者の非難可能性の小ささを問題にしていると言える。こうした相違は、故意ある場合の減責の可否、適用可能な事例類型、未成年者の減責の説明などに影響を与えるとされる。 もっとも、減責条項については、責任保険との関係、要件の不明確性、契約法領域との均衡、執行法・破産法による解決の可能性などについて多くの反論や疑問が寄せられており、その導入に当たっては、いくつもの問題について立場決定が必要となることも指摘された。
 本報告に対しては、人格権侵害や完全賠償原則との関係などについて活発な質疑応答が行われた。
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平成22年度 第5回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成23年2月9日(水) 15:00〜17:30
    場 所:コンソーシアム京都2階 第1会議室
水町 勇一郎氏(東京大学社会科学研究所教授)
  「労働法における『集団』の意味と形態」
本報告は、労働法における「集団」の視点を手がかりとして、近年の労使関係の変化に対しての法制度改革について検討するものである。  労働法における「集団」の必要性について、報告者は、(1)伝統的な労働者保護という観点に加えて、(2)近年の法と経済学の側面から指摘される労使双方の利益性、および、(3)労使関係の多様な実態への対応、という要素を挙げる。また同様に、労使関係の変化として、多様な形態での非正規労働者の増加や、管理者層の拡大などがあり、さらに問題のグローバル化・個別化によって、状況はさらに複層化が進行していると指摘する。これらの問題に対応するため、労働法制における「集団」に着目した新たな枠組み作りが要請されていると述べるのである。  現状の日本の労使関係については、今もなお、従来的な正規労働者が中心である企業別組合が中心であるといえる。これに対し、企業別組合ではカバーされない労働者を組織する地域合同労組結成等の動きも見られるが、これは自主的なものであり、その限界性も指摘される。これら労使関係の現状に対し、「集団」に関わる現行法上の問題としては、@労働組合に対する法の消極性、A過半数代表選出等における過程の不透明性、B判例法理の手続き要素の不明確性が挙げられるのである。  以上のように、労使関係の現状と法制の問題を整理した上で、報告者は、次のように改革の視点と方向性を提示した。  まず企業・事業場のレベルにおいては、労働協約の拡張適用制(労組法17条)を視野に入れた制度の再設計(@)や、労働組合との権限を調整した上での過半数代表制の権限明確化および協議過程の透明化(A)、また判例法理の労働契約への組み込み(B)等、多様な利益状況の調整・吸収という観点から問題の解決がなされる必要がある。  そして、一企業を超える地域・産業レベルでの対応としては、労働協約の地域拡張(労組法18条)の活性化、また審議会システムや自治体政策において、公労使それぞれの積極参加を促すことなどにより、複層的な利益状況に応じた対応がなされる必要があると指摘するのである。  本報告については、「集団」の分類的理解についてや、労働者代表制と労働組合の並立、また今後の労働組合のありかたについてなど、多岐の論点にわたって、参加者を交えた活発な質疑応答が行われた。
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平成22年度 第4回社会秩序形成部会研究会
    日 時:平成22年12月11日(土) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W 
上野 達也氏(京都産業大学法学部講師)
  「訴えの提起を不法行為と評価することについて」
木村 敦子氏(京都大学大学院法学研究科准教授)
  「法律上の親子関係の構成原理――ドイツにおける生物上の父の父性否認権の導入を手がかりとして――」
上野報告:本報告は、基本権保護義務構成を前提とした場合、訴えの提起を不法行為と評価する際の判断構造がどのようなものになりうるのか検討を加えるものである。
 まず、本報告では、訴えの提起の不法行為としての評価が問題となった四件の最高裁裁判例が概観され、「法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり」、「訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる」という定式が用いられていることが確認された。その上で、当該裁判例において、提訴者の裁判を受ける権利と応訴者の経済的・精神的負担ないし報道の自由等への配慮の必要性が示唆されていることが指摘された。
 次に、不法行為法学説において、この問題がどのように議論されていたのか確認された。
まず、従来の学説では、この問題はどの要件の問題として位置づけられるべきなのか、という形で主に議論されていたことが確認された。そして、そこでの議論では、提訴者・応訴者のどのような要素を考慮するのか、その要素をどのような枠組みで把握するのか、ということの分析が不十分であることが指摘された。その上で、従来の学説において挙げられていた要素がどのようなものであるか確認された。すなわち、「法律生活の平穏ないし自由」、「平穏生活権」、「行動の自由」、「名誉・人格権」、「人の財産状態ないし経済活動一般に対する不利益」、「(自由権的)裁判を受ける権利」、「裁判制度の趣旨目的」、「告発の社会的意義」といった多種多様な要素がそこで挙げられていることが確認された。
 その上で、従来の学説で挙げられていた諸要素のうち、どのような要素を考慮すべきであり、あるいは考慮すべきでないのか、そしてそれらの要素をどのように衡量すべきなのか、という判断枠組みを提供しうる考え方の一つとして、基本権保護義務構成を前提とした不法行為制度理解が挙げられた。そして、この理解によると、不法行為の成否を判断する際には、「過少保護の禁止」と「過剰介入の禁止」の二つの要請を満たすことが求められ、問題となる提訴者と応訴者の基本権を精緻に分析し、両者を比例原則にしたがって衡量することが必要となるのではないかとの指摘がなされ、従来の学説で挙げられていた諸要素について若干の検討が加えられた。
 本報告については、権利間衡量の枠組みを判例学説の流れにどのように位置づけられるのか、裁判を受ける権利をどのように理解するのか、衡量をどのレベルで行なうのかなどについて活発な議論が行なわれた。
木村報告:本報告は、血縁上の父に父性否認権を認めた最近のドイツ法の展開を手がかりとして、法律上の親子関係の構成原理を検討するものである。
 まず、本報告では、日本法の議論として、我が国の法制度を説明した上で、嫡出推定の及ばない子に関する血縁説・外観説・家庭破綻説が紹介され、法的親子関係の成否に関しては、血縁主義の射程や家族の平和、子の利益といった考慮要素が問題となることが示された。
 次に、嫡出・非嫡出という伝統的な区別を廃し、法的親子関係の成否に関するルールを一本化したドイツの1997年親子法改正法が紹介された。その上で、同法1600条を、いかなる場合にも血縁上の父に否認権を認めていない点で、基本法6条2項1文(親の権利)に反すると判断した連邦憲法裁判所の判例が紹介された。これを受けて、2004年親子法改正法では、法律上の父子の間に社会的家族関係が存在しない場合には、血縁上の父に、その父子関係を否認する権利を認めた。
 続いて、これを前提として、第一に、血縁主義の意義の再検討が行なわれた。すなわち、ドイツ法では、基本法6条2項1文の親の権利から血縁主義が導き出されており、血縁主義は個人の権利・利益の側面から評価されているものと言える(血縁主義の主観化)。ところが、同時に、同規定は子に対する責任関係の基礎としても援用されており、責任主義との関係が指摘できる(血縁主義の相対化)。これらの要請から、ドイツ法では、血縁主義の内容が明確化されており、生物上の父子関係を法的父子関係のデフォルト・ルールとする法的規律の基礎とされている。これを前提として、民法と憲法の両面から、日本国憲法上、血縁主義が法的親子関係のデフォルト・ルールとされているかどうかが検討された。
 第二に、家族の保護に着目した検討が行なわれた。まず、ドイツ法が子の養育・監護という機能面から家族の保護を実質化し、婚姻家族を社会的家族の一つと位置づけていることが確認された。続いて、日本法では、嫡出推定・嫡出否認については個人化・実質化の動きがあること、婚姻家族と親子関係については、民法では婚姻家族を典型家族として理解する立場と、婚姻関係の有無を問わずに子の利益・子の福祉に可能かどうかをケースごとに判断する立場の二つがあること、憲法では憲法24条を婚姻家族制度の保障とする立場と親子制度の保障とする立場があることが紹介された。その上で、憲法の観点から民法上の規律を精緻化する必要があることと、自明の前提とされて来た血縁主義についても再検討する必要があることが指摘された。
 本報告に対しては、結社の自由と家族の保障との関係、憲法上の家族概念の意義、憲法24条の保障の意義、その体系的位置づけ等について活発な議論が行なわれた。
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平成22年度 第3回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年11月19日(金) 15:00〜
   場 所:京都大学法経本館4階 大会議室
道幸 哲也氏(北海道大学大学院法学研究科教授)
   「労働組合法の特徴と課題」
 道幸氏の報告は、労働組合法の特徴を立法時の議論及び判例法理に照らして明らかにし、原理的レベル・法理的レベル・具体的課題のレベルでその課題を指摘するものであった。
 現行労働組合法の基本的枠組みは、旧労組法(1945年)の1949年改正、1952年改正を経てほぼ確立した。立法時の議論に照らすと、@憲法28条の全体構造に関する議論があまり行われなかった、A組合内部問題に関する規制が十分でない、B団結・団体交渉・労働協約締結・争議行為による集団的労働条件決定システムが形成された、C組合法に関して、団結権・団体交渉権・争議権の保障により組合活動を保護する構想と、団交過程に着目した労使関係的規制を行う構想が見られた、という諸点を労働組合法の特徴として指摘することができる。そして、D労働組合法は、その後、労使関係をめぐる現実の変化にも拘らず、本格的な改正が行われずに今日に至っている。
 労働組合法に関する判例法理については、次のような点を特徴として指摘することができる。まず、@団結権・団体交渉権に関して、組合併存の場合の使用者の中立保持義務が確立されており、また、不当労働行為に関して団結権・団交権の人権的把握に基づく司法救済・行政救済が行われる反面、労使関係の背景や経緯を前提とする行政救済は必ずしも十分ではない。次に、A集団的な労働条件決定システムに関しては、組合民主主義法理の未確立、プレッシャー的な組合活動に関する法理の流動的状況、団交権概念の拡大、労働協約の規範的効力の未解明等にみられるように、全体を統合する法理が形成されていない。また、B就業規則法理が集団法を補完するものとして機能してきている。
 以上のような特徴を有する労働組合法については、今後、団結の契機、労働組合の社会的意義や歴史的役割、現実の労働組合に対する評価、団結権に関する教育や労働組合に関する研究のあり方といった点が原理的レベルで問われねばならない。また、法理的レベルでは、@組合民主主義の意義、労働組合と職場全体の労働条件決定との関係が集団的労働条件決定過程について検討する際の視点とされるべきであり、A個別的に現れる紛争の背景にある集団的問題を可視化しコントロールする法理・制度が必要である。より具体的には、@組合内部問題の処理を前提とした集団的労働条件決定システムの形成、A過半数代表制・就業規則法理との関係等、職場全体に占める労働組合の役割、B組合と組合員の関係や組合員と非組合員の関係をも取り込んだ労使紛争処理、団交拒否紛争に関する特別の紛争処理手続、労使関係における「救済」(とりわけ行政救済)の意義等、労使関係のルール化に関わる問題、C使用者概念・労働者概念の他、企業外部からの組織化の問題等、「労使関係」の捉え方に関して企業別組合論がどの程度堅持され得るか、D法が労使関係においてどのような役割を果たすべきか、という諸点が検討すべき課題として挙げられる。
 道幸氏の報告を受け、職場全体との関係での労働組合の位置付け・組合民主主義の意義を軸として議論が行われた。具体的には、組合併存の場合の多数組合・少数組合の位置付け、労働組合の形態(企業別組合への評価)、労使協定における過半数代表制と労働組合の関係等について議論が行われ、また、組合内部問題に関するより有意味な立法の必要性、就業規則法理と団体法の関係、多数組合による代表を組合民主主義として論じる可能性等、なお論ずべき課題が多く存在することが確認された。
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平成22年度 第2回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年9月6日(月) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
松本 哲治氏(近畿大学法科大学院教授)
  「契約の自由」
稲葉 実香氏(金沢大学人間社会学域法学系准教授)
  「リプロダクティヴ・ライツの保障と家族法」
松本報告:本報告は、アメリカ法・ドイツ法との比較を素材として、契約の自由を憲法の側面から考察するものである。
 まず、本報告では、アメリカ法における「契約の自由」の源流として、Lochner時代には、修正14条を根拠として、かなり強力な保護が与えられていたことが確認された。ここでは、Lochner事件の他に、初めて経済的実体的デュー・プロセス理論を採用して違憲判決を下したAllgeyer v. Louisiana事件の判旨が取り上げられた。
 ところが、経済的実体的デュー・プロセス論は、ニュー・ディール期に、コート・パッキング・プランによって崩壊していくことになる。ただし、プライバシーを保護する形の実体的デュー・プロセス論は、1960年代頃から盛んになり、現在に至るまで発展を続けている。   いずれにせよ、現在では、契約の自由に裁判所が介入して実体的な保護を与えるという考え方は、アメリカ法では採られていない。   これに対して、日本法では、日本国憲法31条の規定こそ実体的内容を欠く表現にとどまっているものの、経済的自由権を保障する実体的な規定がアメリカ法よりも充実している(同22条、29条、13条)。そのため、我が国では、契約の自由は同22条及び同29条に根拠を有すると論じられて来た。
 例えば、憲法上の契約締結の自由について正面から言及する判例は、憲法22条、同29条との関係で問題をとらえているし,学説も、契約の自由を,教科書などで節を設けて論じる際には22条,29条の経済的自由権の問題として論じて来た。
 これに対して、ドイツ法では、「私法上の契約の締結あるいは非締結」は基本法2条1項の問題とされた上で、「財産に関連する契約」については、「個別的基本権」が関係するためにそこから除外されるという構造が採られている。
 これを踏まえた近時の学説として、例えば、石川健治は、契約の自由を「自己決定権」系列の自由として憲法13条に根拠を求め、「事業者を少なくとも一方当事者とする財産法上の契約」のみを29 条の問題としているように読める。この見解については、凡そ22条は問題とならず、事業者を当事者としない契約は29条の問題とならないのは疑問であるとの指摘が為された。
 また、山本敬三は、契約の自由を、私的自治と同じく憲法上の自由として理解し、その根拠を憲法13条の幸福追求権に求めている。この見解に対しては、@保護義務論・裁判を受ける権利論・幸福追求権論について特定の立場をとることを前提とするか、とりわけ、一般的行為自由説を採ることは必然なのか、A財産権に関する契約の自由も13条で処理するのか、13条の補充性のようなものは想定していないのか、B国家の承認と強制によって「当事者の権利・自由を過度に制約してしまう場合」には「好意的約束」として処理すると言うが、それは一般的行為自由説と相容れない議論ではないか、などの疑問が呈示された。
 本報告に対しては、契約の自由の憲法上の位置づけ、特に表現の自由、結社の自由及び財産権保障との関係について活発な質疑が行われた。

稲葉報告:本報告は、リプロダクティヴ・ライツ(自分の子供を持つ権利)の法的規制について論じるものである。
 まず、本報告は、この権利には、@妊娠・出産、自らの身体の処分、A自らの遺伝子を受け継ぐ子供をもうける、B家族形成・子の養育といった異なる側面があることを指摘する。しかし、従来の議論には、@〜Bの何れを含むのか権利の射程が不明確である、ABについて男性が権利主体たり得ることに無自覚である、家族形成の観点が欠如しているといった問題があった。とりわけ、家族法は、親子関係について血縁親子論と婚姻親子論の対立があったものの、生殖補助医療によって得られた子供の親子関係をどのように規律するかについて、十分な議論が為されていなかったというのである。
 つづいて、本報告は、具体的事例の分析を行なう。(A)人工妊娠中絶については、妊娠・出産によるリスクを考えれば、産む・産まないの選択権が女性のみに認められるのもやむを得ないが、夫に無断で妻が妊娠中絶を行なった場合などでは問題が生じ得ることが、 (B)配偶子提供型・胚提供型の生殖補助医療については、AID(非配偶者間人工授精)に嫡出推定が及ぶことを前提として、不妊原因のある夫ないし妻からの嫡出否認の可否や夫婦ともに不妊原因がある場合の生前養子縁組の可能性、子の出自を知る権利などについて議論の必要があることが、(C)凍結配偶子・凍結受精卵による死後生殖については、現行法では死後懐胎子と死亡した父との親子関係は想定されていないが、父方親族との関係や相続権を一律に否定してよいかの問題があることが、(D)代理母出産については、伝統的に出産者が母とされた理由について(ア)確実性論法と(イ)母性適格性論法の二つが有り得ることが指摘された上で、懐胎出産者=母ルールには、外国籍代理母の場合の子の国籍の問題、法律上の父が代理母の夫になる、養子縁組が解消された場合の処理などの問題があることが、それぞれ指摘された。
 最後に、本報告では、今後の展望として、各生殖補助医療を認めるかどうか、認める場合の要件について生命倫理立法・家族法改正の必要があることが指摘され、違反した場合の制裁、子の保護、親子関係における血縁主義から意思主義への変遷、子の福祉に関する問題などを議論すべきことが確認された。
本報告については、憲法との関係、とりわけどのような権利を憲法上の権利として認め、あるいは認めるべきではないかについて、活発な質疑応答が行なわれた。
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平成22年度 第1回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年6月13日(日) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
石田 剛氏(同志社大学大学員司法研究科教授)
 「財貨獲得をめぐる競争秩序―背信的悪意者排除論を手がかりに」
青竹 美佳氏(広島修道大学法学部准教授)
 「相続権の根拠について」
石田報告:本報告は、不動産物権変動法における背信的悪意者排除論を、憲法上の原理間衡量の問題として分析するものである。
 まず、本報告では、憲法29条3項の公用収用規定から「社会全体の利益増進のために、個人の財産権を、金銭による正当な補償と引き換えに剥奪することは、許される」という一般原理を抽出し、これによって私法規範の解釈を方向付ける可能性が示された。
 その上で、民事立法のルールについて、以下のような評価が行われた。
 第一に、不動産二重譲渡の事例では、排他性のない所有権に対して、譲渡人の行為自由と第二譲受人の競争利益が対抗利益となっている。後者は、私的利益と公共の利益の二重性を有しているため(競争秩序の重層性)、財産権の保障に優越し、悪意であっても登記を先取得した第二譲受人に所有権の帰属を認めるべきだという結論が導かれることになる。これに対して、第一譲受人の財産権の保障は、譲渡人に対する損害賠償請求権によって図られることになる。
 第二に、動産二重譲渡の事例では、占有改定による引渡しが認められているため、外部的な変化なしに対抗要件を具備し、排他性ある所有権を取得できる。そのため、第二譲受人は、通常、そもそも競争秩序に入らないものとして処理され、その保護は、民法192条の善意取得によって図られることになる。しかし、ここでは、第一譲受人は排他性のある所有権を取得しているのだから、書かれざる要件として有償性を読み込むことによって、損害賠償請求権の実効性を担保すべきである。
 次に、本報告は、最高裁判所による民法177 条の解釈を概観した。
 第一に、判例は、変動原因を問わず、全ての物権変動に民法177条の適用を認め、およそ物権変動は登記しなければ対抗できないというルールを確立することによって、民法制定時の競争秩序の維持という姿勢を貫徹している。
 第二に、判例上、一貫して差押債権者・配当加入債権者は「登記欠缺を主張する正当の利益」ある者に含まれている。ここでは、責任財産の掴取利益と登記を起点とする不動産強制執行秩序の安定性確保の要請とが対立しており、前者が公益性を帯びるため、差押債権者の保護が図られたものと言える。
 第三に、背信的悪意者排除論は、個別規定では網羅的に不正な競争者を排除できないために、矛盾行為の禁止という信義則を通して、許されない競争行為の排除という思想を具体化したものである。
 第四に、背信的悪意者排除論は、相対的無効と同様の効果を発生させるため、信義則違反を理由として属人的に権利主張を阻止するという構成を採ったものであり、公序違反に対処する点では公序良俗則と変わらない。
 第五に、詐害行為取消権の被保全権利に特定物債権が含まれるという判例も、財産権保障の文脈で理解することが出来る。
 以上のように、背信的悪意者排除論は、個別に事後的に財貨の有効利用を阻害するような行為をチェックし、社会全体の利益増進を図る理論装置として機能している。
 本報告に対しては、憲法上の保障として、いかなる基本権からどこまでの要請を想定するかを中心として活発な質疑応答が為された。

青竹報告:本報告は、ドイツ法との比較法を素材として、相続権の根拠を論じるものである。
 まず、法定相続権と遺留分権が区別され、前者については@紛争解決やA新しい相続制度を構想する上で、後者についてはB遺言の自由の制約という観点から、それぞれ根拠を考察することに意義があると指摘された。
 第一に、法定相続権の根拠として、意思説、生活保障説、死後扶養説及び潜在的持分の払戻し説が紹介され、最後の見解が現在の民法学説で最も支持を得ているものの、批判があることなどが指摘された。また、取引の安全や無主物化回避の要請が補強的な論拠として挙げられるが、中心的な論拠とはなりえないこと、血縁説は法学的に不合理な主張であることが指摘された。
 第二に、遺留分権の根拠は、法定相続権の根拠とも重なるところも多いが、意思説は妥当しないこと、各見解に対する批判も同様に当てはまることが指摘され、遺留分権に特有の見解として親族連帯説が紹介された。
 続いて、遺言の自由の意義については、民法上、遺言自由と法定相続のいずれを原則とするかについて対立があるのに対して、憲法上は、遺言の自由は財産権保障や私的自治に位置づけられ、遺留分はその制約とされているが、批判もあることが指摘された。
 その上で、相続権の憲法上の根拠として、憲法24条2項の文言が挙げられ、同規定が法定相続権や遺留分権の保障については中立的であることが指摘された。これに対して、遺言の自由は、前述のように憲法上保障されているため、慰留分権を憲法上維持できるかどうかが問題になるとされた。
 さらに、本報告では、ドイツにおける相続権の根拠が紹介・検討された。
 まず、ドイツ相続制度の基本的構造として、遺言の自由が民法上規定されていること、法定相続人の地位の保障はないこと、遺留分権が保障されていることなどが紹介された。
 そのため、連邦憲法裁判所は、基本法14条及び同6条により慰留分権が保障されると判示した。ただし、学説では、遺留分権の根拠として、家族の生活保障、家族内の連帯、家族内の財産分配及び公平性維持のそれぞれを主張する見解があり、論争がある。
 最後に、本報告では、ドイツ法からの示唆として、遺言の自由を私的自治の死後への拡張とみなし、財産権保障に含める可能性が示された。
 本報告に対しては、遺言自由と法定相続の何れを原則とするか、遺留分権は許容されるだけなのか要請されるのか、などの点について、主として日本法の理解に関わる質疑が行われた。
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平成21年度 第11回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年3月30日(火) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学法経本館4階 第1演習室
岸野 薫氏(香川大学法学部准教授)
 「間接差別正当化の構造―Hampsonテストの意義と射程」
 1 本報告は、間接差別の成立の有無が問題となったHampson v. Department of Education and Science [1989] I. C. R. 179(以下、Hampsonと表記)を分析することにより、主に、間接差別の正当化の構造を明らかにし、その射程を探るものである。
 2 本報告では、まず、正当化の構造の検討に先立って、事実の概要、判旨の検討が行われた。Hampsonにおいて示された判例理論は、以下のようなものである。
 主な争点は、@教育科学大臣は人種関係法41条1項b号の免責を主張できるか、Aいかなる基準によって、間接差別の成立阻却要件(同法1条1項b号)の充足を判断するか、の二点である。@については、控訴院は二対一に別れ、免責の主張が認められた。Aについて、Balcombe裁判官は、成立阻却要件たる「正当であること(justifiable)」の充足に関して、Ojutiku判決におけるStephenson裁判官の意見に依拠し、justifiable要件は、条件のもたらす差別的効果と条件を課す者の合理的な必要性(reasonable needs)との間に、客観的な均衡を求めるものであると判示した。
 3 つづいて、正当化の構造の検討が行われた。検討に先立ち、Hampsonテストの置かれた歴史的文脈に注目がなされた。合衆国・ECの諸判例がイギリスの間接差別禁止に及ぼした影響のみならず、イギリスの国内判例の変遷にも目が向けられ、それぞれの判例・決定中の「必要」という語の意味について検討が加えられた。こうした歴史的文脈を踏まえた上で、Hampsonテストの位置づけがなされ、その厳格度については慎重な評価が必要であること、同テストは、EC判例(Bilka事件)ほど厳格なものではないが、間接差別の正当化に関する国内判例の中では、一つの転機となった判決であること、が示された。
 4 上記報告に対しては、日本法でもしばしば用いられる「必要」という語の有する意味、「比較衡量」と「目的・手段審査」の関係、さらには、間接差別につきまとうコストを違憲審査基準論においてどう定位するのかといった諸問題について、議論がなされた。
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平成21年度 第10回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年3月19日(金) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
上田 健介氏(近畿大学法科大学院准教授)
 「イギリスにおける『私人間効力論』 ―1998年人権法とコモンローとの関係―」
片桐 直人氏(近畿大学法学部講師)
 「金銭債権における名目主義と国家の通貨価値安定義務」
上田報告:本報告は、欧州人権条約および同付属議定書の一定の権利を「条約上の権利」として保障したイギリス人権法の解釈を中心に、我が国の私人間効力論に相当するイギリス法の議論を紹介するものである。
 まず、本報告では、予備的知識として、人権法によって法律に優位する効力が人権条項に与えられ、成文憲法的な考え方が導入されたため、人権条項が私人間でどのように作用するのか、という私人間効力論に似た議論がイギリス法でも成立するようになったことが指摘された。
 次に、イギリスにおける学説として、以下のような立場が紹介された。第一に、無効力論に相当するものとして、垂直的効果説が挙げられた。この見解は、条約上の権利は国家に対するものであるとして、私人の義務を否定するものである。第二に、直接効力説に相当するものとして、直接的水平的効果説が挙げられた。この見解は、条約は国家を拘束するものであるが、人権法として国内法に「変型」された以上は、国家の拘束に限定する必要はないというものである。第三に、間接的効力説に相当するものとして、間接的水平的効果説が挙げられた。この見解は、Huntによれば、人権侵害を訴訟原因とした訴訟提起は認めないが、コモンローを形成する際に人権の趣旨を読み込むものである。Phillipsonによれば、人権法6条1項は名宛人を公的機関に限定する一方で裁判所をも含んでいるため、イギリス法は間接的水平的効果説を採るものとされる。さらに、同人は、条約上の権利の機能を、@ルール、A基本的な強制原理、B通常的な強制原理、C許容原理、D禁止原理に分け、イギリス法は、権利に現われている価値を考慮する義務を負う(A・B)という点で「弱い型」に属すると主張する。
 つづいて、判例の展開が、プライバシーの権利を例として、以下のように紹介された。すなわち、人権法施行以前は、私生活の事実の公表型のプライバシー侵害は不法行為法の範囲外とされていた。しかし、本人と侵害者との間に何らかの潜在的関係があることを前提として、秘密保持義務違反構成の下に部分的な保護が与えられていた。これに対して、人権法施行後は、当初は、潜在的関係の要件を緩和することによって実質的にプライバシーの権利を認める方向で推移していたが、Campbell v MGN Ltd事件において、秘密保持義務違反の枠組みを維持しながらも、情報が私的かどうかを問題とし、私生活の尊重に対する権利と表現の自由を比較衡量するという立場に転じたというのである。
 最後に、以上の検討から、日本国憲法81条、同98条、同99条から私人間効力を基礎づける可能性があること、私法上の規定を離れた、人権侵害だけを理由とする救済を認めるか否かで私人間効力論にも強弱があること、人権が私法上の具体的な事案の解決において果たす役割は限定的なものであり、個別の事案に即した判例法理の積み重ねが重要であることなどが指摘された。
 本報告については、欧州人権裁判所との関係、訴訟原因を中心とした法制度の相違などについて活発な質疑が行われた。
片桐報告:本報告は、名目主義の原則と貨幣概念の分類を手がかりとして、貨幣の法的承認における国家の裁量を制限する可能性について論じるものである。
 まず、本報告は、名目主義の実質的根拠として、@当事者の意思のほかに、A強制通用力又は金銭の名目的性格、B経済活動への影響を挙げ、名目主義の厳格な適用が公平を失する場合には、事情変更の法理による救済なども考えられるものの、立法による対応が本来とされていることを指摘する。本報告によれば、名目主義は公法上の根拠(A・B)に依存しており、金銭債権に関する理論は、問題の何らかの部分を公法理論に委ねているというのである。しかし、公法としての通貨法については、ほとんど議論がない。
 次に、基本概念の整理として、金銭債権の基本構造が示された上で、@経済的意味での貨幣と法的意味での貨幣との区別に関連して、法的意味での貨幣は貨幣国定説を基本としながら貨幣社会説的な観点からの修正が必要とされること、A「通貨・貨幣」概念について、価値単位・支払単位/通貨媒体・通貨手段を区別する森田宏樹説と、制度的貨幣概念・即物的貨幣概念・具体的機能的貨幣概念の三分類を行うカールステン・シュミット説、B名目主義にも幾つかの種類が区別されることなどが確認された。
 つづけて、国家と貨幣と金銭債権の関係として、「貨幣」が金銭債権に関する法の機能前提であり、貨幣を法システムに取り込むためには、必然的に国家の関与が必要であることが指摘された。その上で、本報告は、「貨幣」が何かを決定する国家の権能(通貨高権)が、全くの自由裁量ではないことを、ドイツ法の議論を参照しつつ、論証しようとする。すなわち、ドイツでは、基本法制定当初から通貨価値安定が問題とされていたとして、@初期の議論では、通貨価値安定義務を認めることの法的意義が探求されたが、根拠条文を示すまでに至らなかったこと、A発展期では、通貨価値安定義務を認めることを前提として、その根拠として財政憲法・基本法88条・社会的法治国原理・財産権保障が論じられたこと、B「安定した通貨に対する基本権」を巡る論争として、基本法109条2項に基づく主観的権利の保障と基本法14条1項による保障が論じられ、後者による通貨価値に対する客観的保障が認められつつあることなどが指摘された。もっとも、基本法14条から主観的権利や通貨制度の安定義務そのものが含まれているかについては、異論もあるものの、総じて否定的であることが示された。
 最後に、経済政策について憲法は中立的であるものの、国家が通貨制度について全くの自由裁量を有しているとすべきではないことが指摘され、何らかの形で特定の場合には通貨価値安定義務を認めるべきことが示された。
 本報告については、貨幣概念の理解の相違、財産権保障と通貨価値安定義務との関係、名目主義の多様性などについて活発な議論が行われた。
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平成21年度 第9回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年2月14日(日) 14:00〜18:30
   場 所:京都大学法経本館4階 大会議室
小山 剛氏(慶應義塾大学法学部教授・大学院法務研究科教授)
 「私法にかかわる基本権の3種の作用」
 本報告は、憲法上の基本権の作用のうち、@防御権、A保護義務及びB基本権の内容形成の三つに分けて分析するものである。
 まず、防御権については、国家の三権を拘束する作用が基本であるが、憲法上の権利が裁判所に何を命じるかについて、私人間効力論・直接効力説・無効力説の対立があるという指摘が為された。
 次に、基本権保護義務については、国・加害者・被害者の法的三極関係を基本とする理論であり、私法規範の憲法適合的解釈を要請する点では私人間効力論に親和的な部分もあるものの、国家対加害者・国家対被害者の関係に着目する点で、従来の学説区分に当てはまらないことなどが指摘された。その上で、憲法が保障する人権には、防御権だけではなく、客観法的な作用(一般的抽象的な価値判断)があり、これが保護義務の根拠となり得るという、報告者の見解が示された。自然法や国家論的な基礎づけでは、憲法解釈の安定性が損なわれる虞があるため、基本権の客観法的作用から基礎づける方が望ましいというのである。
 つづいて、防御権と保護義務の境界として、現状維持的作用であるという共通点と、国家の不作為義務(防御権)と作為義務(保護義務)を表すという相違点が示された。その上で、防御権は保護義務の、保護義務は防御権の、それぞれ制限の正当化の文脈で使われるという構造が示された。
 第三に、基本権の内容形成論については、財産権保障を例として、これを体制選択の問題やローマ法的所有権概念への決断と見る法制度保障論や、制度設営義務を所与とするベースライン論との対比において、その特徴が示された。すなわち、法律に依存した権利が存在することを前提として作為義務を論じるのが内容形成論だというのである。例えば、財産権と生存権は、憲法と民法の何れが先行したかという歴史上の偶然に拠って相違があるように見えるだけで、どちらも作為義務として統一的に記述できるというのである。
最後に、防御権・保護義務と内容形成の境界が論じられた。第一に、防御権と保護義務は相互に制約し合うことから、潜在的には、当事者の双方に、防御権と相手方との関係における保護義務が観念できることが指摘された。第二に、防御権と内容形成については、ある憲法上の権利ないし制度を内容形成する法律が@他の憲法上の権利を制約する場合が防御権の問題であり、Aその憲法上の権利を制約するかに見える場合が内容形成の問題であるという区分が示された。第三に、内容形成と保護義務との関係については、権利の内容と限界が一体として定まると考えるのが内容形成論であり、自由を広く採り、防御権対保護義務という形で調整するのが保護義務論であるという相違が指摘された。
 質疑応答においては、基本権保護義務と内容形成義務の関係を中心として、国家論との関係、実定憲法の規定の位置づけなどについて極めて活発な議論が行われた。
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平成21年度 第8回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年2月10日(水) 13:30〜18:00
   場 所:京都大学法経本館4階 大会議室
岩永 昌晃氏(京都産業大学大法学部講師)
 「労組法上の労働者」
木南 直之氏(新潟大学法学部准教授)
 「従業員代表と交渉代表の関係について」
皆川 宏之氏(千葉大学法経学部准教授)
 「従業員代表制度の検討―ドイツ法を素材に―」
 岩永報告では、労働組合法3条に定める労働者の概念につき、「新国立劇場運営財団事件」、「INAXメンテナンス事件」、「ビクターサービスエンジニアリング事件」の3件の下級審裁判例をもとに問題の所在、および、解決の方向性が探られた。すなわち、契約解釈上、使用従属関係があることが認められた「CBC管弦楽団事件」最高裁判決と違い、上記3事件は契約文言上は、個別の労務・業務の提供につき提供者に諾否権を認めるものであったため、この者が労組法上の権利を行使できるかが問題となり、いずれの事件も使用従属関係がないとの理由で労働者性が否定されたものの、 ビクターサービスエンジニアリング事件で東京地方裁判所は労務提供の実態を考慮に入れる態度を見せた。報告者の認識では、労働が供給過剰な場面では契約上はいくら労務提供の自由が認められていても、労務提供者が労働条件の切り下げに応じざるをえない。したがって、使用従属関係の有無を契約内容の形式解釈から認定するのでなく、労務提供の実態への着目が基本的な方向性として支持される。ただ、労働者性の具体的な基準については、現実に労働を提供していること、契約相手とのあいだに専属関係があることのほかは、報告者に定見はまだなく、ドイツ法における被用者類似の者の概念が参考になるのではないかとの所見にとどまった。報告後、使用従属関係というのは労働基準法上の労働者性の要素であり、判例のごとく労組法と労基法でパラレルに解する理論的必然性はないのではないか、判例が労働者性を厳格に解するのは労働組合における団体性の要件を緩和したことの反面ではないのか、などの意見が交わされた。
 木南報告では、従業員代表制度である過半数代表、あるいは労使委員会労働者代表委員と団体交渉代表の比較から、過半数組合の代表者、あるいは、従業員代表者に選任された組合代表者における、交渉代表と従業員代表の地位の併存問題をいかに解決すべきかが論じられた。すなわち、従業員代表は、就業規則の作成変更、職業安定にかかわる計画の策定などへの意見陳述において労働条件に事実上の影響を及ぼし、また、労使協定の締結において労基法の定める最低基準を緩和する、ないしは、計画年休協定や年休手当協定の場合に実際の労働条件を決定しさえするものであるところ、交渉代表と異なり、事業場におけるすべての労働者を、その個々の利害を超えて代表するだけでなく、使用者との関係では法的な身分保障を欠くし、団体行動などの取引手段がない。地位併存の問題につき、アメリカのごとく、従業員代表の判断を組合の意思とみなすことも考えられるけれども、組合代表者の排他的交渉権および公正代表義務という制度的前提を欠くわが国の現行制度になじまない。以上、従業員代表制度は労働条件の関与に不向きであり、立法論的には廃止が望まれるし、その場合、労使協定など、従業員代表制度が果たしてきた役割は行政官庁による代替が可能ではないかというのが、報告者の結論である。報告後、従業者代表は使用者に対して労働契約上の義務を負っているにもかかわらず、労使協定の締結を、自己の属する組合の団体交渉の取引材料とするのが地位併存問題であることが確認された。解決の方法としては、従業者代表の選任および解任手続を確立することも考えられるのではないか、組合加入率の低いわが国の実情に照らせば、従業員代表により従業員の利害を汲み取らせることにも意味はあるのではないか、などの意見があった。
 皆川報告では、ドイツにおける事業所委員会制度の紹介がなされた。同制度とわが国の過半数代表法制との相違点としては、さしあたっては、代表委員の選任・解任手続が詳細に定められていることと、代表委員の不利益取扱いを禁止することで身分保障が確立されていることだとの確認がなされた。事業所委員会制度のように過半数代表法制を拡充すべきかについては、事業場における労働条件の統一の必要性はあるということ、労使協定の内容が就業規則等を介して労働条件となるとすれば、労使協定の意義・機能、さらには締結のプロセスを明確にすることは合理的であるということ、また、過半数代表には事業場における労働者全体の利害を調整する機能も期待できるという所見が示された。もっとも、以上の機能を過半数代表がはたすためには、身分保障を法定すること、使用者がその活動を補助することなどにより過半数代表者の活動基盤を提供することが必要であり、また、過半数代表の労働条件設定への関与のあり方については、労働条件の内容・性質に応じて、たとえば労働時間の配置や有給休暇取得日の設定といった事業場単位で行うことが適切な場合と、人事方針の策定など企業ないし企業グループ単位で行うことが適切な場合などに分けて法整備を行うことが必要であるとされた。報告後、ドイツでは、事業場における労働者の意見を民主的に集約して使用者の単独決定権を制約することが制度理念となっているのに対して、わが国の労使協議においては、労使間での柔軟な利害調整に重点が置かれる傾向があり、ドイツの制度をそのまま導入できないのではないかなどの意見があった。
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平成21年度 第7回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成22年1月16日(土)15:00〜18:00
   場 所:芝蘭会館別館 研修室2
解  亘氏(南京大学法学院副教授)
 「中国における裁判例研究の問題性」
 本報告は、最近の中華人民共和国における裁判例研究の展開とその特徴を日本法と対比して紹介するものである。
まず、本報告では、中国法において判例法を認めるべきかという問題について否定説と肯定説があり、後者はさらに判例法型と裁判例指導型に分かれることが中国固有の状況と関連づけて説明された。
 次に、中国では必ずしも裁判例の全文が公表されているわけではなく、判決理由も全体的に不十分であることが指摘された。もっとも、近年では質量ともに改善が見られ、これに対応して判例評釈も盛んになっているとされる。また、中国における裁判例研究には、@選択の基準が不明確である、A質量ともに貧弱なものが多い、B裁判官が執筆主体である、C先例的価値のある規範の抽出や分析といった視角が希薄であるという問題点があることが指摘された。
 第三に、このような問題の原因として、@必ずしも最上級審裁判所(最高人民法院)が終審裁判所とならない四級二審制が採用されていること、A司法解釈(最高人民法院ないし最高人民検察院が法の適用について公表した有権解釈であって、抽象的な規範群の形をとるもの)が存在し、「裁判例指導制度」という、ハードな判例法を形成する制度が採られていること、B「審理報告」(担当裁判官が合議体に提出する事実認定及び法律適用に関する意見書)の非公開など、判決文が不完全にしか公表されず、裁判官の法学的素養の問題ともあいまって判決理由中に法律論が乏しいこと、C裁判官の評価システムと学会における裁判官軽視の風潮のため、裁判官が判例評釈の主体となっていること、D指導裁判例を特定できれば先例規範を簡単に抽出できるという暗黙の了解が裁判所と学界の双方に共有されていることが指摘された。
 その上で、より根本的な原因として、「判例≠裁判例」という認識に問題があるのではないかという分析が示された。一定レベル以上の裁判所が一定の手続きを踏まえて公表した裁判例だけが「判例」としての資格を有するという考え方である。しかし、報告者は、事実上の拘束力はその他の裁判例にも認められるのであって、先例拘束性のある規範を抽出することを目的とした判例研究の必要性は減じられないとして、このような態度を批判する。また、法学教育においても、的確な判例の紹介と分析が不可欠である。そのため、規範の抽出を目的とする学術的な判例研究が必要だとされた。
 本報告については、司法解釈の正統性のコントロール、法律に反する法形成の有無、伝統中国における「法」の理解との関係、「生ける法」と判例を結びつける議論の日本特有の傾向などについて、極めて活発な質疑応答が行われた。
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平成21年度 第6回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年11月30日(月) 13:30〜17:30
   場 所:京都大学法経本館3階 小会議室
安 周栄氏(京都大学大学院法学研究科博士課程)
 「韓国における労働政治と労働政策の変化」
篠田 徹氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
 「オバマ政権の労働政策」
 平成21年11月30日、本年度6回目となる社会秩序形成部会研究会が開催された。本研究会では、韓国及び米国における労働政治・労働政策に関して2本の報告があった。
 まず、安周永氏(京都大学大学院法学研究科博士課程)より、韓国における労働政治と労働政策の変化に関する報告があった。安氏によれば、雇用慣行をはじめとする韓国の労働政治の特徴は、日本と共通する面も多く、90年代中盤以降、日韓両国の政府はともに労働市場の規制緩和を推進してきた。それにもかかわらず、日本に比べて韓国においては、日本ほど労働市場の規制緩和が成功しなかった。安氏は、その理由として労働組合の戦略の違いを挙げている。韓国では、日本以上に労働組合が政策決定過程に関与する機会が限定的であったため、労働組合はゼネストをはじめとする抗議運動を組織し、政権に圧力をかけるという戦略(アウトサイダー戦略)を採った。安氏によれば、結果的にこのようなアウトサイダー戦略が政府による労働市場の規制緩和政策に歯止めをかけることに成功したのである。また現在の李明博保守政権は、与党が議会多数派を占めているため、労働組合や野党が政策決定過程で政権の決定を阻止することは困難な状況である。それゆえ、今後も労働政策や労働市場政策においては、労働組合のアウトサイダー戦略が重要になることを指摘していた。
 続いて、篠田徹教授(早稲田大学社会科学総合学術院)より、オバマ政権の労働政策に関する報告があった。オバマ政権は成立以来、矢継ぎ早に新たな労働政策を打ち出した。篠田教授は、その狙いが使用者側に圧倒的有利な状況にあった労使関係を修正することにあったことを指摘した。オバマ政権は、連邦政府との公共事業契約を締結する企業における労働組合活動を促進し、既存労働組合を保護する政策を打ち出した。その一方で、これまで労働条件の面で不利な状況に置かれていた女性やマイノリティの賃金差別の是正を意図したリリー・レッドベター公正給与法のように、女性やマイノリティなどの労働組合に加入していない労働者にも配慮した政策を採った。そして現在、オバマ政権は、被用者自由選択法や医療保険改革のような重要課題に取り組んでいる。それに対して、共和党中道右派が台頭し、オバマ政権の医療保険改革に対する批判によって政権に揺さぶりをかけている。その一方で、オバマ政権の中心的な支持層であった都市部のマイノリティ(黒人、ヒスパニック)は、世界的な不況の影響で失業率が深刻化している上、景気刺激策の恩恵も薄いため、オバマ政権に対する批判を強めている状況である。それゆえ篠田教授は、彼らの動向には今後も注目すべきであることを指摘した。
 両報告の後、日韓米におけるネオ・リベラル改革以後の政策取り組みやそれに対する労働組合の対応について、活発な議論が交わされた。
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平成21年度 第5回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年11月21日(土) 13:00〜17:00
   場 所:京大会館 220号室
松尾 陽氏(京都大学大学院法学研究科助教)
 「イギリスにおける障害者差別判例の検討」
内野 広大氏(京都大学大学院法学研究科博士課程)
 「イギリスにおける間接差別法制」
 松尾報告:本研究会は、Lewisham London Borough v Malcolmのイギリスの貴族院の判決を検討することを通じて、間接差別の問題を考察するものである。本件は、障害者差別が問題となった事案であり、統合失調症を患った者(X)が借りているアパートを転貸してしまい、その転貸を理由にして貸主(Y)がXに対して明け渡しを求められる訴えが提起されたものである。そして、Xは、転貸行為は自己の統合失調症に起因するものであり、明け渡しの訴えは差別行為であると主張した。このYの行為が障害者差別禁止法第24条1項にいう「差別」に該当するのか、とりわけ、どのような者と比較して不利に扱っているのか(「比較対象者」の規準の問題)ということが問題となる。
 ところで、イギリスの差別法制は、人種、性、性的志向、宗教・信条、年齢に基づく差別に関しては、間接差別を明示的に規定しているのに対して、障害者に基づく差別に関しては―差別を直接差別に限定していないものの―間接差別を明示的に規定していない。「比較対象者」をどのように規定するかによって、当該規定を直接差別よりに解釈するか、間接差別よりに解釈するかが決まる。
 Yの明け渡し請求が認められる点については全員一致しているものの、この「比較対象者」の規準については意見が分かれた。多数意見は、「比較対象者」を、転貸行為をしたが障害を有していない者としたのに対して、Haleは転貸行為をしなかった者とした。多数意見は、24条の「差別」を直接差別に限定したのに対して、Haleは間接差別を含める形で解釈したのである。
 重要なのは、その理由である。まず、多数意見側のBinghamが文言上の自然さを多数意見の解釈の根拠としたのに対して、Haleは立法経緯などを理由にその解釈を批判した。次に、Haleは、障害者差別の解決には、他の差別と異なって、その障害を無視することのみならず、障害に伴う特別の困難を除去する合理的な調整を手当てすることも必要とされるのであり、間接差別を含めるべきだとしたのに対して、多数意見側のNeubergerは、間接差別を含めることはその差別の正当化事由を広く認めないと―差別禁止法は私人間をも規律するものであるから―社会に過度の負担を課すのであるが、24条の差別規定は広い正当化事由を認めていないゆえに、Haleのような解釈はできないとした。
 このような意見の対立の背後には、障害者差別禁止法の目的を、障害者の自立を支援していく実質的平等の確保にあると考えるのか、あるいは、不当な差別を禁止することにあるのかのどちらよりに解釈するかという問題が控えている。
 このような問題のほかに、雇用の事案にも本判決の基準が適用されるのかなどが、研究会では、意見交換がなされた。
 内野報告: 一 本報告は、イギリスにおける間接差別法制を、法令の規定(二)および判例法に着眼し(三)検討することにより、間接差別を、わが国の憲法学における「平等」理論に接合する手がかりを得ることを目的とする。
二(1)イギリスの差別法制にいう間接差別は、属性を明示せず、一見中立的な措置を掲げながら、実質的には当該属性に所属する集団に対して差別的効果が及ぶものをいう。かかる間接差別を禁止する法制の基本構造は、外見上中立的な措置の存在に加えて、三つの要素――@措置による、特定の属性集団に対する不利益およびA申立人に対する不利益の存在、さらにB抗弁事由としての正当化要件――から成る。
(2)もっとも、成立要件は個々の制定法等により異なる。それは「旧定義」と「新定義」に大別できる。近時採用されつつある新定義は、申立人に対して難しい立証を要求する旧定義に対して、措置に関する広範な概念の採用にみられるように、申立人の立証の困難を緩和するものである。審議中の平等法案第19条においても新定義が採用される見通しであり、法令上は申立人の立証の困難を緩和する方向性にある。
三(1)他方、判例法上、正当化の判断基準は徐々に変容してきた。それは、枠組みの変化、審査密度の厳格化といったかたちで現れている。
(2)当初、控訴院は、比例原則を採用するECJ判例(Bilka-Kaufhaus GmbH v. Weber von Hartz [1986] E. C. R. 1607)を引用しつつも、比例原則ではなく、衡量アプローチという枠組みを採用し(Hampson v. Department of Education and Science [1989] I. C. R. 179)、貴族院もそれを承認した(Webb v. Emo Air Cargo (U. K. ) Ltd. [1993] I. C. R. 175)。ところが、近年、比例原則の採用が顕著である。「必要な」措置か否かを問題とした高等法院判決(R v. Secretary of State for Defence [2005] I. R. L. R. 788)、手段の「適合性」「必要性」までも審査した高等法院判決(R(E) v. Governing Body of the Jews Free School [2008] E. L. R. 445)がそれである。
(3)さらに、審査密度にも変化が生じつつある。高等法院は、間接的な人種差別は「厳格な」又は「綿密な」審査が必要であり、「極めて重要な理由」によって初めて正当化することができるという判示に続いて、措置が「現実の必要」に対応するものであることの立証を要求し、目的と手段との間に「現実的一致」がなければならないとした([2008] E. L. R. 445)。さらに、控訴院も、類別の実質が出身国を理由とした直接的な類別形式に極めて密接に関連していることを理由として、厳格な審査基準を採用した(R v. Secretary of State for Defence [2006] 1 W. L. R. 3213)。今後の検討課題として、審査密度を決する因子に注目し、各判例の射程を見極める作業が必要となろう。
 四 上記報告に対して、旧定義・新定義の適用領域、比例原則採用の背景について質疑がなされた。さらに、判断枠組み、審査密度を決する因子について、アメリカの審査基準論との比較対照がなされた。
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平成21年度 第4回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年11月14日(土) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学法経本館4階 大会議室
吉永 一行氏(京都産業大学法学部准教授)
 「違法行為の抑止を目的とした制裁としての利益吐き出しの検討―受託者の忠実義務違反を中心に― 」
桑岡 和久氏(甲南大学法学部准教授)
 「ドイツにおける私法上の差別禁止と契約締結の自由」
 吉永報告:本報告は、違法行為の抑止という観点から、信託における受託者の利益吐き出しを基礎づける見解について論じるものである。
 まず、平成一八年の信託法改正において、受託者の利益吐き出し責任が提案されつつも採用されなかった経緯が説明された。
 改正要綱試案では、「信託財産に影響を与えない場合であっても、その地位を利用して不当な利益を取得する行為」(利益取得行為)の禁止が提案されたが、@禁止される利益取得行為のメルクマールが明確ではない、A受益者に損失が生じないにもかかわらず、受託者が利益を変換しなければならない理由が不明確である、B他の制度によって対処が可能である、といった理由から採用されなかった。
 次に、違法行為の抑止という観点から利益吐き出し責任を基礎づけようとする見解が紹介された。最初に紹介されたのは、忠実義務違反を抑制するための法政策的判断として利益吐き出し責任を基礎づける樋口範雄の見解である。つづいて、法政策的判断による基礎付けを補強するために、不法行為の目的を「損害の最適な抑止」と捉える森田果及び小塚荘一郎の見解が紹介された。ここでは、不法行為法が設けられたのは、「加害者に対して被害者に発生したコストの内部化を要求することにより、加害行為を抑制するインセンティブを創出するためである」とされる。そうすると、損害賠償金を被害者に与えるのは、被害者に提訴インセンティブを与えるためであるとも考えられるというのである。
 さらに、このような「違法行為抑止論」への評価が示された。ここでは、@「民刑峻別」というドグマだけでは説得的ではないこと、A「不当な」という一語によって、損害賠償を超えた制裁を科すための要件として必要な明確性を満たすか疑問であること、B社会的に非難の対象とならないか、非難の程度が低い行為が制裁の対象となることにより、罪刑均衡や責任主義といった原則との関係が問題となることが指摘された。
 また、法政策的判断による基礎付けのような目的=手段思考様式と、「正義」という視点すなわち法的思考様式とに緊張関係にあること指摘された。例えば、@受益者が利得を保持することが正義に適うか、A違法行為の最適な抑止という観点からは、損失の填補すら否定される可能性があるが、これは正義に適うか、といった問題である。
 くわえて、利益の吐き出し責任を導入することによって本当に効率性が達成されるのかについて、他の現行法上の制裁制度との関係にも配慮しつつ、疑問が呈された。
 本報告に対しては、目的手段モデルと正義モデルの区別、正義内容の把握、信託法の独自性、効率性との関係などについて活発な質問が行われ、盛会のうちに幕を閉じた。
 桑岡報告:本報告は、ドイツ一般平等取扱法(AGG)に基づく契約締結の強制の可否を巡る議論を素材として、差別禁止と契約締結の自由との関係を論じるものである。
 まず、本報告では、AGGの内容と立法理由が紹介された。
 立法理由としては、EU指令の国内法化という直接の動機の他に、基本法三条の差別からの保護の実効化という理由があること、契約自由制度との衡量のために、適用範囲の限定・適用除外・差別正当化の可能性が規定されていることが指摘された。
 次に、AGGに先行する反差別法草案の締約強制規定がAGGでは削除されたこと、その点について立法理由は触れておらず、AGGが締約強制を認めているかどうかについては解釈が分かれ得ることが指摘された。
 つづいて、締約強制に反対した論者のうち、ピッカーEduard Pickerの見解が紹介された。ピッカーは、契約自由を起源とする自由な区別・評価・選択の自由は根幹的なものであるとし、差別の禁止を、締約強制が認められる先行行為矛盾と、慰謝料の支払いが認められる良俗違反の人格権侵害の場合に限定する。ここでは、差別禁止立法による締約強制は認められない。
 これに対して、締約強制に賛成する論者として、ノイナーJorg Neunerの見解が紹介された。ノイナーは、差別保護は社会参加権であるとし、これは契約法の不可欠な構成要素であるとする。もっとも、多元的な秩序を維持するため、差別保護は、@許されない差別メルクマール、A保護の必要性、B差別する側の差別の利益という三つのファクターによって判断される「著しい排除の危険にさらされている場合」に限定される。また、差別保護の内容としては、基本法に依拠する社会的参加権に基づく締約強制、補償請求権などの二次的義務が想定されている。
 最後に、両者の見解が締約強制の認められる場面を厳しく限定する点では結果的に接近しているものの、両者の思考様式には根本的な相違があることが指摘された。
 本報告については、ノイナーの見解における社会的参加請求権の範囲、契約自由の制約根拠、労働契約との関係、差別禁止規範の内容及び根拠、社会権の効力などについて極めて活発な質疑応答が行われた。
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平成21年度 第3回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年8月2日(日) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
尾形 健氏(同志社大学法学部教授)
 「社会権の財産的構成をめぐって―アメリカにおける「新しい財産(New property)」論を手がかりに―」
田中 秀一郎氏(岩手県立大学社会福祉学部講師)
 「ドイツ年金保険における財産権保障の展開」
 尾形報告: 本報告は、アメリカ憲法学における政府給付の財産権的保障を巡る議論、チャールズ・ライク(Charles A. Reich)の「新しい財産(new property)」論を軸として整理し、分析するものである。
 まず、本報告では、政府給付の財産権的保障の略史が概観された。ここでは、政府給付が適正手続条項(連邦憲法修正第5条・同第14条1節)の保障範囲に含まれるかどうかが問題となる。
 本報告によれば、当初、政府給付は政府が随意に与えずにおいたり、条件づけたりできる「特権」であり、法的に保障された「権利」とは異なるという、「権利/特権」区分論が支配的であった。財産権は、コモン・ローで形成されたものと人身に限られ、政府給付のような特別な利益は含まれないというのである。
 このような「権利/特権」区分論には、戦後、「福祉国家」の進展と政府給付の社会的意義の変容を背景として、批判が高まった。判例は、1970年のGoldverg v. Kelly, 397 U. S. 254において、後述するライクの影響を受けて福祉の受給資格を財産と考える余地を認め、1972年のThe Board of Regents of State Colleges v. Roth, 408 U. S. 564において、「権利/特権」区分論を斥けている。
 つづいて、「新しい財産」論が紹介されている。その背景となったのは、所得保障・公的雇用・資格・特許などの政府からの支給物の増大と、政府給付への依存と主体性の喪失による公益国家の顕現と、これを憲法的に統制しようとする理論の登場であった。例えば、ブラック判事の権利章典における絶対的権利規定を重視する憲法観や、動態的社会に応じて権利章典の適用は絶えず変化していくべきだとする「生ける憲法」観が、ライクの思想の背景にあるとされる。
 ライクの「新しい財産」論は、「財産」の個人の独立・尊厳・多様性を保持する機能を重視し、これを自然権ではなく、社会によって熟慮された構築物であるとする。そのため、政府給付の場合、それが政府に由来するという事実は決定的にならない。問題は、それが、どのような社会的機能を有しており、また有すべきかどうかであるということになる。この視点からすると、政府給付も、「財産」として憲法的保障を受け得ることになる。
そこで、ライクは、政府給付の憲法的保障として、以下のものを提示する。すなわち、@政府は、政府給付支給に当たり、憲法が保障する権利を「買い上げる(buy up)」機能を有してはならない。A政治部門の裁量への司法的統制を強化し、規制手段と目的の関連性を厳密に審査する。B政府給付の支給・拒否・廃止等は、公正な手続を遵守しなければならないというのである。
 このようなライクの「新しい財産」論は、判例にも影響を与えたが、財産の機能的把握については、客観的基準を立てられないという問題点も指摘されている。
最後に、生活保護の廃止や保健医療機関指定の取消といった現代日本の諸問題にもライクの提起した視角を応用する余地のあることが示された。
 質疑応答においては、財産権、ひいては私法秩序を人為的な構築物とする思想などについて議論が行われた。
 田中報告:本報告は、ドイツ年金保険における財産権論の展開を参照することによって、年金給付の引下げに関する立法裁量を枠づけようとするものである。
 本報告では、まず、日本の年金制度の概要が紹介され、年金給付水準の引下げや社会保険方式か税方式かの選択などについて議論の余地があることが示された。
 次に、日本の年金保険における財産権論の展開が概観されている。第一に、財産権の内容を変更する場合には、@財産権の性質、A内容変更の程度、B変更により保護される公益の性質を考慮することが最高裁判例として確立されているものの、年金額の引下げについて適用された事例がないことが指摘された。第二に、年金給付引下げについての社会保障法学説上の議論として、堀勝洋、菊池馨実、太田匡彦の議論が紹介され、憲法25条による保障では政治的に不安定であることが指摘された。そのため、社会保障制度の縮減を妨げる方法として、憲法29条の財産権保障を考えるべきだというのである。
 つづいて、ドイツ年金保険における財産権論の展開が参照された。第一に、ドイツ年金保険の特徴が簡単に説明されている。第二に、裁判例の歴史的変遷として、連邦憲法裁判所が社会保険法上の法的地位を財産権保障に含めるようになった過程が確認された。ここでは、連邦憲法裁判所1981年7月15日判決が、財産権の三要件として@排他的に帰属する私的有用性、A少なからぬ自らの貢献、B生存保障に役立つことを挙げたことが強調されている。第三に、年金保険における財産権保障に関する学説が検討された。ここでは、社会保険法上の法的地位を財産権保障の適用範囲に組み入れるかどうかに関する議論が紹介された上で、前述の三要件に関する学説の議論が紹介されている。すなわち、@私的有用性要件に対するデーペンホイヤーの批判、帰属要件に対する配分参加に着目する理解(ハーミッシュ)と行政裁量への抑制に着寝句する理解(ベッカー)、A自らの貢献要件において対価性原理が重視されていること、B生存保障要件に対するブリュネックの見解、同要件に批判的なリュフナーの見解、同要件に消極的な意味しか認めないオッセンビュールの見解がそうである。
 さらに、ドイツ法上、年金期待権について、(1)一度でも保険料を支払えば発生する(有力説)、(2)五年間の待機期間を満たせば発生する(連邦憲法裁判所及び一部学説)、(3)五年間の待機期間を満たし、満27歳以上で年金情報を取得すれば発生する(連邦社会裁判所)という見解の相違があることが指摘され、年金期待権を認めることには基本権としての保護を与えるなどの意義があることが示された。
 最後に、日本法への示唆として、三要件を判断指標とし得ることや、年金期待権の承認によって財産権保障を適用する可能性が生じることなどが指摘された。
質疑応答においては、財産権保障の要件と保障内容との関係、三要件の射程、年金期待権の内容、公的年金と私的年金の役割分担の可能性など多岐に亘る論点について、活発な議論が行われた。
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平成21年度 第2回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年7月26日(日) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学法経本館4階 第1演習室
白水 隆氏(京都大学大学院法学研究科博士後期課程)
 「イギリス憲法における平等保障―条約適合的解釈に関する判決を素材に―」
 本報告では、イギリスにおける平等原則を概観する手がかりとして、Ghaidan v. Godin-Mendoza判決を取り上げた。
 本判決の事実の概要は次のとおりである。被告Mendozaは、原告Ghaidanからアパートの法定賃借権を取得していた訴外賃借人WJと、約30年に渡る安定した同性愛関係を結んでいた。WJの死後、原告は当該アパートの所有権を主張した。被告は、Rent Act 1977附則1の第2条(以下、当該条項とする)を理由に、当該アパートの法定賃借権の承継を主張した。第一審は、被告はWJの家族の一員ではあるが配偶者に当たらず、よって法定賃借権の承継は認められないと判示した。第二審は、当該条項は、家族生活を尊重する旨を定めた欧州人権条約第8条に関するところにおいて、差別の禁止を定める条約第14条に違反するとして、当該条項に条約適合的解釈を行った。その上で、当該条項における「妻または夫」の文言を、「彼ら/彼女らが彼または彼女の妻または夫であるかのように」を意味するよう解釈できるとし、同性愛関係を結んでいた被告に対し法定賃借権が承継されると判示した。これに対し、原告が貴族院へ上訴したのが本判決である。
 貴族院は全員一致で本件法律による欧州人権条約上の権利侵害を認めた。もっとも条約適合的解釈については四対一で意見が分かれ、上訴を退けた。従って、本判決では、条約上の権利侵害のうち、条約第8条に関連しての条約第14条解釈、すなわち平等原則の解釈と、人権法第3条による当該条項の条約適合的解釈の可否(あるいは程度)の二点が主に議論された。
 まず平等解釈にあたっては、専ら当該条項が、その保護対象に同性愛カップルを含めないことが合理的であるかが焦点となった。そこでは主に次の二点が問題となった。第一に、同性愛カップルは異性愛カップル同様に長期的に安定した親密な関係を築くことができるのか、そうであるならば両者を区別する合理的理由がないのではないかという点である。第二に、性的指向に基づいて異性愛カップルと同性愛カップルを区別することは、伝統的家族を形成することと関連するのか。すなわち、同性愛カップルを除外することで異性愛カップルが増える、あるいは奨励することになるのか、という点である。多数意見は第一の点に関して、同性愛カップルは異性愛カップル同様に共に家庭を築いているため、両者同様の関係を有している。そのため、両者は類似の状況下にあり、同性愛カップルを当該条項の保護対象から除外する合理的理由は見当たらないとした。第二の点に関して多数意見は、伝統的家族の維持は当該条項の保護対象から同性愛カップルを除外することで達成できないとした。
 次に当該条項の条約適合的解釈であるが、この点に関し貴族院はこれまでの人権法第3条の解釈を再確認した上で、多数意見は条約適合的解釈を行った。すなわち、@問題となっている文言に曖昧性がなくとも、すなわち明快であっても、更に踏み込んで条約適合的解釈を行うことができるということA全体的構造アプローチとされる、より広範な観点から条約適合的解釈を行うということB議会主権に照らして、大幅な社会的結果をもたらすような解釈は司法府と言えども許されないということ、の三点ある。本判決では、これらの点をさらに議論を深めた点で注目される。すなわち、人権法第4条の不適合宣言を例外とし、その適用を避けるために、第3条を展開させ司法府が更に議会意思へ踏み込めるように解釈した点である。つまり、議会意思の範囲の特定に際して、より広い観点から見るべきか否か、見るのであればどの程度まで見るのかが改めて本件で問われたのである。これに対し反対意見では、婚姻とはその内容(すなわち親密性など)に関わらず男女によるものという点に重きを置いているのであるから、司法府が制定法の基本的特徴に反するような条約適合的解釈を行うことは不可能であるとされた。
 本判決は、イギリスの平等解釈並びに条約適合的解釈の現在の貴族院の見解を整理する上で示唆に富むものである。前者においては、合理的区別か否かを判断する際に、同性愛カップルと異性愛カップルの関係性の実質的側面を重視した上で両者に区別がないことを重視した。本報告の中では、そのような観点の重要性と共に、そもそもなぜRent Act 1977の保護対象において両者を分ける必要性があったのかについて貴族院が踏み込んでいないこと(すなわち、例えば当該事例が同性婚であったならば貴族院はどのように判示していたのか)に関しても議論された。また条約適合的解釈については、貴族院が不適合宣言を例外とするために第3条による条約適合的解釈を積極的に行う姿勢に対して、それがイギリスの伝統でもある議会主権とどのように整合するのかという点が議論された。もっとも本判決においては、Rent Act 1977のその後の修正や他の制定法との兼ね合いで、貴族院は当該条項の一部分を拡張解釈した上で我が国における合憲限定解釈のような解釈をしたに過ぎない、すなわち司法府による議会主権への侵害とまでは言えないのではないかと報告者は結論付けた。  
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成21年度 第1回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年5月23日(日) 13:00〜17:00
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
山本 敬三氏(京都大学大学院法学研究科教授、研究分担者)
 「憲法・民法関係論の展開とその意義―民法学の視角から」
栗田 昌裕氏(京都大学大学院法学研究科特定助教(学術創成)
 「基本権による著作権法の正当化とその意義」
 山本報告:本報告は、憲法と民法がどのような関係に立つかという問題の展開を、民法学における議論状況を中心に概観するものである。
まず、本報告は、従来の議論状況を概観した上で、これを憲法と民法を異質なものと考える「異質論」、両者を質的に区別せずに連続的なものとしてとらえる「融合論」、憲法が上位法であり民法が下位法であるという「規範階層的重層論」の三つに分けて整理した。
 次に、1993年以降の憲法・民法関係論の展開が、以下のように整理された。
 第一は、民法も国家法としての性格を有する以上、憲法の拘束を受けるという立場(憲法基底的重層論)であり、報告者自身の見解がこれに位置づけられる。
 第二は、憲法と民法は共通の基盤をもちつつも同格のものとして並立しているとみる考え方(並立論)であり、星野英一と高橋和之の見解がこれに位置づけられる。
 第三は、民法を全法体系の根本法とし、憲法を能動市民を対象とした特別法と位置づける水林彪と、社会構成原理のうち、無意識的・生成的側面が民法であり、意図的・固定的側面が憲法であるとする大村敦志であり、民法基底的重層論と呼ばれる。
 続いて、憲法・民法関係論の意義として、体系構成の論理構造(体系論)と、その基礎に置かれている原理(原理論)が論じられた。ここで、体系論は、@国家・社会二分論の採否、A規律の対象、B両者の関連性の三つの問いによって構造分析されるとともに、憲法観によって、@国家内部法としての憲法観、A市民社会法としての憲法観、B国家構成法としての憲法観に分類されている。
 最後に、原理論として、憲法を手がかりとして民法のあり方(存在意義と基本原理)を方向づけようとする実践的な意図が指摘されている。そのかぎりでは、報告者の発想は、我妻栄の立場と共通しているというのである。ただし、我妻栄が日本国憲法から協同体主義の思想を読み取るのに対して、報告者はこのような理解を否定する。日本国憲法は、各個人が自己のアイデンティティを求めつつ、自らが善いと信ずる生き方を等しく追求することがまず何よりも保障されなければならないという、リベラリズムの採用を宣言しているというのである。そのため、個人の権利を保障することに他の社会的な目標の実現に優先する価値を認めるという権利論の思想によって、民法のあり方を枠づけることが要請される。
 ここでは、権利論と秩序論(法の目的を秩序の形成と維持に求める考え方)の対比によって、論争が切り分けられている。例えば、高橋和之は自然権によって憲法を枠づけようとする点で権利論に属するが、星野英一は事物に内在する「正しい価値秩序」を前提とする点で秩序論に属するとされている。また、大村敦志は、共和主義に依拠して権利論と秩序論を架橋しようとするが、自律した市民が共通価値によって統合されると考えるため、共通価値の捉え方によっては秩序論に傾く可能性を有しているとされる。
 質疑応答においては、憲法の改正限界と保護義務の関係、国家法と市民法との関係、国による国家観の相違との関係、保護義務の裁判規範性などについて、活発な議論が行われた。
 栗田報告:本報告は、著作権法の領域における権利論の意義と射程を、基本権によって著作権を正当化しようとするドイツ法の議論を素材として検討しようとするものである。
 本報告では、まず、著作権法前史として、現行ドイツ著作権法の制定前の議論が@著作権の正当化原理としての精神的所有権論とA著作権の正当化原理としての社会的拘束の二点に絞って紹介された。
次に、1970年代から1980年代にかけて形成されたドイツ連邦憲法裁判所の判例理論が、主要な裁判例である教科書事件判決・教会音楽事件決定・刑務所事件決定の判示を軸として整理された。ここで示された判例理論は、以下のようなものである。
 まず、著作権の制限については、基本法14条の財産権保障を主たる審査規範とした違憲審査が行われる。一方で、立法者は、「財産権保障の基本的内容」を護り、かつ、その他のあらゆる憲法規範とも調和するようにしなければならない(基本法14条1項前段)。他方で、立法者は、著作者の権利に公共の利益から要請される限界を設定することも委ねられている(基本法14条2項)。そのため、著作権の制限の合憲性は、それが公共の利益によって正当化できるかどうかによって判断されるというのである。
 また、連邦憲法裁判所は、排他権の排除と補償請求権の排除を区別し、前者は「公共の利益」によって正当化できるが、後者は「高められた公共の利益」によってしか正当化できないと判示していた。
 つづいて、学説の展開が自然法論と憲法的著作権法論に分けて紹介された。
 ここで自然法論とは、自然法から直接に著作権を正当化しようとする見解である。本報告では、「正しい」価格の決定方法として排他権を正当化しようとするトロラーの見解と、契約自由を実現する制度として排他権を正当化しようとするノルデマンの見解が、それぞれ紹介された。
 これに対して、憲法的著作権法論とは、自然法に直接に依拠することはせず、基本権によって著作権を正当化しようとする見解である。本報告では、財産権保障の内容として「ルール」を志向する立場と、「法原理」を志向する立場とに分けて、これらの見解が紹介された。
 このうち、「ルール」を志向する立場は、いかなる権利を前提とするかによって、所有権に対する保障を原型と想定する立場(所有権モデル)・労働と給付に対する報酬の割当てが保障されているとする立場(補償請求権モデル)・経済的独占の限度でのみ保障が認められるとする立場(経済的独占モデル)に分類されている。
 これに対して、「法原理」を志向する立場は、権利者の利益と公共の利益の原理間衡量を要請する見解に触れた上で、著作権の正当化原理として功利主義をも取り込む新しい動向が紹介されている。
最後に、以上の分析から、我が国の著作権法学における伝統的な自然権論の立場に見直しが必要であることが指摘されて、本報告は終了した。
 質疑応答においては、本報告が我が国の憲法学において有する意義や射程などについて活発な議論が行われた。
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平成20年度 第6回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年3月6日(金) 16:30〜18:30
   場 所:京都大学法経本館3階 小会議室
<構造改革後の労働法の諸問題>
 皆川 宏之氏(千葉大学法経学部准教授)
  「労働と公共性−労働をめぐる法的状況」
 木南 直之氏(新潟大学法学部准教授)
  「団体交渉をめぐる法的問題」
 皆川報告:2008年以降の世界的な金融不安に端を発する経済不況の下、現在の日本では、雇用情勢の悪化をめぐる事象、とりわけ派遣労働者に代表される非正規従業員の不安定な雇用環境や低劣な労働条件に注目が集まり、対処が焦眉の課題となっているが、他方、正規従業員をみても、長時間労働をはじめ労働条件に関する問題は少なくない。今後、より望ましい雇用社会のあり方を構想し実現していくには、単に個々の課題への対症療法を行うのみならず、社会的存在である人間の活動全般とのかかわりの中で労働に対する法規制の意義を改めて検討し、現況において看取される問題点を認識し、改善のための社会的な取り組みを方向づけていく必要性があると思われる。
 本報告では、上記の関心に従い、労働法制の意義と課題を考察する手掛かりとして、労働と「公共性」とのかかわりに着目し、主に以下の2つの観点から検討を行った。
 第一に、人間の労働と、それ以外の諸活動との調和を図る観点から、労働法制の意義を明らかにする必要がある。現在の日本でも、仕事と家庭生活や趣味などとの調和を図る「ワーク・ライフ・バランス」の必要性は指摘されているが、労働以外の活動は私生活の領域にとどまるものではなく、公共的な性格を帯びた諸活動(政治参加、地域社会における活動、NPO活動等)にも留意が必要である。この点で重要なのはとりわけ労働時間規制であるが、日本における現行の法制の下では、36協定締結下の事業場において時間外・休日労働の上限を画する規制に罰則がないため長時間労働抑制の実効性に乏しく、また、判例においても使用者の時間外労働命令の可能性が広く認められるといった点に問題があり、労働からの解放を重視した法規制のあり方が求められる。
 第二に、現代社会において、公共的活動を含めた人間の多様な活動の可能性を現実に保障するには、労働者の場合、労働を通じて持続的に生計に足る収入を得ることが条件となる。人間の尊厳を確保するための労働条件は、正規・非正規を問わず目指されるべきものであり、そのためには、労働者の職務能力への適正な評価などを通じた公正な労働条件の設定が必要となる。欧州諸国の経験が示唆するところによると、こうした方向性を実現するには、最低賃金や労働者間の均等待遇を法令によって規制するのみでは不十分であり、企業の枠を超える社会的な次元での集団的労使自治を通じた幅広い取り組みが必要である。
 木南報告:日本国憲法はその28条で勤労者に団体交渉権を保障し、労働組合法はこれを具体化している。すなわち、労組法6条は、「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有する」と規定し労働組合の団体交渉権限を明確化した上で、同7条2号は、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を不当労働行為と定義しこれを禁じている。この団交拒否は大きく分けて二つの形態がある。ひとつは、いわゆる窓口拒否であり、もうひとつは誠実交渉義務違反としての団交拒否である。このうち、後者は使用者の誠実さという曖昧な主観的要素を孕むため、この判断は大きな困難を伴う。
 この誠実さという主観的要素の客観化を従来から判例は試みてきたが、この集大成といえるのがカール・ツアイス事件(東京地判平成元年9月22日労判548号64頁)である。この判決では、誠実団交義務の内容を次の様に定式化した。すなわち、@自己の主張を相手方が理解し納得することを目指し、合意達成の可能性を模索すること、更に具体的にはA相手方への回答や自己の主張の根拠を具体的説明し納得を得るよう努力すること、B自己の主張を裏付ける必要な資料を提示することである。しかし、その一方で、誠実団交義務とは、C労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではないことも確認している。本判決は、具体的説明と資料提示の要求を手掛かりに、誠実団交義務の客観化を試みたものといえる。しかし、同時に、それら客観的指標の前提として、合意達成の可能性の模索という主観的かつ相対的な要素をも要求しており、これらの相互関係も曖昧である。誠実団交義務の客観化は、それが可能であるのかをも含めて、更に検討を進めていく必要がある。
 質疑応答においては、カール・ツアイス事件を題材に誠実団体交渉義務の客観化の可能性について多角的に意見を交換した。また、誠実団体交渉に関連して、使用者は組合に対し労働条件変更に際し交渉を申し入れる義務はあるのか、交渉が合意に達した場合に協約を締結することは交渉義務の一内容となるのか等についても、検討がなされた。
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平成20年度 第5回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年2月16日(水) 15:00〜17:30
   場 所:京都大学百周年時計台記念館2階 会議室W
「ポスト構造改革における憲法と私法秩序」
 山本 敬三(京都大学大学院法学研究科教授、研究分担者)
 土井 真一氏(京都大学大学院法学研究科教授、研究分担者)
 本会合では、まず、山本敬三教授から学術創成研究の趣旨について詳細な説明が行われた後、「ポスト構造改革における憲法と私法秩序(仮題)」についての研究会の開催と概要が提示された。具体的には、2か月に1回程度の割合で研究会を開催し、各参加者が報告を分担するとともに、必要があれば外部から講師を招聘するなどして議論を深め、3年間のうちに共同研究の成果を書籍として公表する計画であることが示された。
つづいて、土井真一教授から、本研究会において検討されるべきテーマのうち、憲法に関係するものについて、具体例を挙げた説明が行われた。ここでは、@憲法と私法秩序、A石川健治教授の財産権論の考察、B憲法上の財産権とベースライン論、C土地所有権における自由と共同性、D債権に対する憲法上の保障、E国家賠償・損失補償と特別の犠牲を強いられない権利、F社会権の財産権構成、G高齢者の権利保障と憲法、H政府の積極政策と憲法、I生命、身体と財産権、J憲法と家族、K財産権と持続可能な社会の実現、L財産権をめぐる政治と司法(ニューディール革命とレーガン革命)といったテーマが挙げられた。
 その後、本研究会の参加者各位から、自己紹介を兼ねて、それぞれの専門領域と問題関心の説明が行われた。
休憩を挟んで、研究会の具体的な進行方法が議論された。そこでは、本研究会の参加者の専門領域が憲法と民法という二つの法領域に分かれていることに鑑み、憲法と民法の二つの研究会が共催されているかの如き進行を行うべきではなく、むしろ両者の統合を促進すべきことが提案された。
 また、共同研究の柱として、セーフティネット関係の規制、権利の団体性・共同性、財産権の時間軸、契約の自由の位置づけなどが挙げられた。
 というのも、一方では、従来、憲法上の財産権としては、典型的には土地所有権が念頭に置かれていたところ、近時、学納金不返還条項事件判決(最高裁平成18年11月27日第二小法廷判決、原審東京高裁平成17年2月24日判決)が消費者契約法9条1項が憲法29条に反しないとの判示を行うなど、土地所有権以外の財産権の保障が問題となりつつある。他方では、森林法共有林事件判決(最高裁昭和62年4月22日大法廷判決(民集41巻3号408頁))に代表されるように、最高裁の判例理論と憲法学における支配的見解との齟齬が意識されるようにもなっている。そのため、消費者契約法、信託法、相続法、家族法、知的財産権法といった領域を憲法の視角から分析する差し迫った必要があり、前述した各テーマはこうした分析に好適であるとして議論の俎上に上ったものであった。
その後、次回及び次々回の研究会の日程と報告担当者を決定し、盛会のうちに終了した。                          
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 平成20年度 第4回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成21年2月11日(水・祝日) 14:00〜18:30
   場 所:京都大学法科大学院棟2階 第4演習室
御幸 聖樹氏(京都大学大学院法学研究科博士後期課程)
 「イギリス権力分立構造の中における立法過程」
 Hilaire Barnett CONSTITUTIONAL & ADMINISTRATIVE LAW(seventh edition)を素材に、イギリス憲法における「権力分立」と「立法過程」に関する問題について、御幸聖氏(京都大学大学院法学研究科院生)より報告があり、活発な議論が行われた。
 「権力分立」については、執行府と司法府との関係を中心に報告がなされたが、Barnettが立法府・執行府・司法府といった機関相互の関係を中心に権力分立を記述しており、立法権・執行権・司法権という作用を厳密に定義してはいない点の意義と射程について議論が行われた。今後、イギリス憲法学における権力分立の考え方が、基本的にBarnettのような立場であるのかどうか、さらなる調査・検討が必要であるように思われる。
 また、「権力分立」については、1998年人権法のもとでの司法審査のあり方について議論が行われた。1998年人権法はヨーロッパ人権条約上の権利(Conventional right)を保護しており、当該権利を侵害する行政立法を違法とすることができるが、行政立法が授権法律を忠実に執行しているような場合にも、あくまで行政立法が違法になるだけで授権法律が違法とならないのか、またその理由はなぜか、といった点について検討が行われた。
 「立法過程」については、立法概念・法案の分類を中心に議論をし、以下のような点について検討を行った。@委任立法(delegated legislation)についてはsecondary legislationと表記することもあるが、両者は完全に同じ概念であるのか、A「議会立法」をprimary legislationと表記するが、primary legislationとsecondary legislationの語は授権関係に着目して名づけられたものであるのか、B立法(legislation)の定義は権利義務を前提としているのか、議会が創る法規範という機関に着目した定義であるのか、C公私混合法案(Hybrid bill)とは具体的にどのような法案を指すのか。
 今回の研究会では、時間の制約から、「立法過程」については、主として基礎概念が議論の対象となったが、再度、これらの点についても精査した上で、次回研究会において、議論を続けることとなった。
 イギリス憲法は英米法として一括りにされがちであるが、アメリカ憲法とは異なる点も多く、それ自体として独自の思考様式を備えている。本報告全体を通して、その独自性が強く意識されることとなった。
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平成20年度 第3回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年4月19日(土) 14:00〜18:45
   場 所:京都大学法経本館4階 第1演習室
栗田 昌裕氏(京都大学大学院法学研究科特定助教(学術創成))
 「著作権法における権利論の意義と射程−ドイツ法における「憲法による著作権の保障」を手掛かりとして−」
 本報告は、ドイツ法における「憲法による著作権の保障」という考え方の展開を手がかりとして、著作権法の領域における権利論の意義と射程を論じるものである。
 まず、現行ドイツ著作権法の制定前の議論精神的所有権論と社会的拘束の理論が紹介された。また、精神的所有権論の採用を宣言し、補償請求権制度を示唆した連邦通常裁判所の判例が概観された。
 次に、ドイツ連邦憲法裁判所の判例が紹介された。そこでは、「創作的給付から生じる財産的価値のある成果を私法規範により原則として著作者に割り当てることと、これを自分自身の責任で自由に処分できるという自由」が「基本権によって保障される著作権の核心」と措定され、排他権の制限は公共の利益によって正当化し得るが、補償請求権の制限はいかなる公共の利益によっても正当化し得ず、「強められた公共の利益」によってしか正当化し得ない、という判断枠組みが示された。
 つづいて、以上の紹介をもとに、連邦憲法裁判所の判例理論は、前述した精神的所有権論の立場を、@「著作者の著作物に対する無制限かつ排他的な支配権」としての著作権理解と、A著作権を自然権として正当化する点の両面において相対化するものであるという評価が示された。
 第三に、このような相対化に直面した精神的所有権論の側からの反論として、排他権は「正しい」価格を決定する最善の方法であるとか(トロラー)、あるいは著作者の著作物に対する支配は国家によって最大限の尊重を受けるべき個人の自由であるといった(ノルデマン)主張が紹介された。
   しかし、トロラーにおいては、すでに排他権の手段性が承認されているほか、両者ともに所与の前提を共有しない者に対しては強固な説得力を有するとは言えないものであった。
   これに対して、第四に、憲法による著作権の保障という考え方を展開したマウンツ、レレッケ、クリューガー−ニーラント、キルヒホフの主張が参照された。ここでは、排他権の制限と補償請求権の制限を階層化が維持されつつ、排他権の原則性が相対化されていく過程が描き出された。
 以上の検討から、著作権法の領域における権利論の立場には、伝統的な「自然権論」だけではない多様なものが有り得ることが示された。
 質疑応答においては、ドウォーキンの権利論と政策論との関係、ドイツの憲法裁判所制度から来る思考様式の限定、憲法解釈における財産権論一般との関係などについて活発な議論が行われた。
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平成20年度 第2回社会秩序形成部会研究会(三部会合同)
   日 時:平成20年4月19日(土) 14:00〜18:45
   場 所:同志社大学光塩館・第二共同研究室
土井 真一氏(京都大学大学院法学研究科教授、研究分担者)
 「C. Sunsteinの「司法的最小限主義」(Judicial minimalism)の意義と射程」
川濱 昇氏(京都大学大学院法学研究科教授、研究代表者)
 「認知能力の限界とパターナリズム」
 本研究会は、キャス・R・サンスティーン教授の見解を紹介検討するものであり、土井報告においては、社会の秩序形成における司法の役割(サンスティーンの司法最小限主義)の問題、川濱報告においては、市場の秩序形成と関わる行動法と経済学の意義(サンスティーンのリバタリアン・パターナリズムの理論的背景)の問題が扱われた。
 土井報告において紹介検討された論点は、具体的には、(1) 司法判断最小主義の手法(判断の射程、判断の理論的正当化の程度、不完全にしか理論化されていない合意、類比)、(2) その歴史的背景(レーンキスト・コートにおける保守派・中間派・リベラル派の均衡)、(3) 司法最小限主義の前提条件と正当化論拠(多元性、限定合理性、熟議民主政論における司法の役割)、(4) ロールズの議論との比較(政治哲学と憲法学の役割の相違)、(5) 司法最小限主義とBurke主義との関係(「伝統」と「合理主義」との関係の問題)、(6) その意義(プラグマティズム)と限界(ルールが妥当する領域、漸進的改革の限界)である。
 本報告に対しては様々な質疑応答がなされ、そこで議論された主題は、(1) サンスティーンの熟議民主政はそれが生み出す結果の観点から望ましいとされるのか、結果の如何に関わらず望ましいとされるのか、(2) 司法最小主義は抽象化の問題を扱っているが、体系化、概念化の問題を扱っているのか、扱っているとすればどのように取り組んでいるのか、(3) 欠缺の問題を取り扱っているか否かなどの問題である。
   また、川濱報告においては、リバタリアン・パターナリズムの理論的背景にある行動法と経済学を中心にそのサーベイと検討がなされた。そこで取り扱われた問題は、具体的には、(1) 行動法と経済学の位置づけ(伝統的法と経済学に対抗して登場した点、個人の相互的インタラクションをも取り扱う実験経済学とオーバーラップする点と相違する点)、(2) 合理性からのシステマティックな乖離を引き起こす認知能力の限界(情報処理能力における不合理性、選好の非整合性、意思力の弱さ)、(3) 認知能力の限界が市場で是正されるか否(鞘取り、Money Pumpの可能性)、(4)認知能力の限界とパターナリズム(選択肢を排除することなく厚生を増大させる形での介入の問題、ベースライン問題、厚生評価の困難)である。
 本稿に対しては様々な質疑応答がなされ、そこで議論された主題は、(1) 合理主義的ではない人間は淘汰されうるのか否か、(2) 認知能力の限界が学習によってカバーされうるか否か、(3) リバタリアン・パターナリズムは従来のパターナリズム研究においてどのように位置づけられるか否かなどの問題である。
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平成20年度 第1回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年4月18日(金) 14:00〜17:00
   場 所:京都大学法科大学院棟2階 法科第3演習室
浦坂 純子氏(同志社大学社会学部准教授)
 「NPOにおける有給職員とボランティア−NPO活動への関わり方の実態−」
皆川 宏之氏(千葉大学法経学部准教授)
 「有償ボランティアの活動と法」 
 本報告は、NPO法人における有償ボランティアの法規制を論じるものである。浦坂報告においては、労働政策研究・研修機構(JIL-PT)による「NPOの『就労』に関するプロジェクト(2003〜06年)」で実施されたNPO法人および活動者に対する4調査を用いて、NPO法人の活動実態について客観的データを提示すると共に、従来の法的枠組みの適用における問題点が提示された。皆川報告においては、主として労働法制・社会法制の適用の是非という観点から、有償ボランティアに対する法規制の現状と今後について、理論的な分析が行われた。
 浦坂報告においては、NPO活動に関わる人々を、試論的に正規職員・非正規職員と有償ボランティア・無償事務局ボランティア・無償その他ボランティアとに分類した上で、上記調査の内容紹介が行われた。具体的には、「NPO法人に見る制度と処遇」と題して、NPO法人対象の調査票調査から、@有償ボランティアへの支払い実態、A有償ボランティアの属性、B有償ボランティアへの説明、C有償ボランティアに関する取り決め、D個人請負・委託・トライアル雇用の実態が紹介され、E最低賃金のNPOへの適用、FNPOへの最低賃金適用が難しい理由、といった意識調査の結果や、G各種保険への加入状況が報告された。また、「労働条件の実態」として、個人対象の調査票調査から、@回答者のプロファイルを概観した上で、A年代・性別ごとのNPOからの収入、B勤務形態ごとのNPOからの収入、Cボランティアへの支払いの是非、Dボランティアへの支払い実態、E活動内容の相違、F「労働者」だと思うか、G各種保険への加入といった事項に対する回答が報告された。
 本報告に対しては、(1)職員とボランティアで壁があるとは言えないのではないか、(2)労災保険や雇用保険には法定要件があり、要件を充足していないために加入できない場合と、充足しているにもかかわらず加入していない場合とを区別すべきではなかったか、(3)最低賃金の適用は職員の場合にしか問題にならないのではないか、といった質疑が行われた。
 また、皆川報告においては、有償ボランティアを「有給労働」と「ボランティア」にまたがる中間領域と位置づけた上で、有償ボランティア活動の促進のための法規制が論じられた。そこでは、@「有償性」の意義が雇用・請負・委任といった典型契約との関係で検討され、A労働基準法の適用基準となる労働者性との関係では、有償であることが労働者性の基本的前提であることが確認されると共に、B労災保険法の適用がないことや、C契約法上の安全配慮義務や不法行為法上の使用者責任といった規定では、ボランティア活動のリスク管理としては不十分であることが指摘され、D「中間領域」としての意義を尊重するために、労働法制で対処するよりは、より幅広い社会福祉の中に位置づけるべきことが提言された。
 本報告に対しては、(1)職員と有償ボランティアを截然と区別することは可能なのか、(2)義務の濃淡や拘束の強弱にかかわらず有償ボランティアを一様に扱ってよいのか、(3)法的義務がないにもかかわらず使用従属関係があるといってよいのか、といった諸点について議論が行われた。
 以上のように、本研究会では、何れの報告についても活発な質疑応答が行われ、盛会の内に終了した。
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平成19年度 第6回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年2月28日(木)14:00〜18:00
   場 所:京都大学法経本館4階 大会議室
窪田 充見氏(神戸大学大学院法学研究科教授)
 「不法行為法の役割と機能−法秩序の一部としての将来像を考える」
 不法行為法学における従来の議論は、(1)不法行為法の目的は損害填補であって制裁を目的とするものではないという思考、(2)近代法において民事法手続と刑事法手続は峻別されるべきであるという認識、(3)被害者救済に関心が寄せられ責任(非難可能性)の側面は重視されなかったという歴史的経緯、を前提として展開され、そしてこれら一連のドグマからいくつかの解釈論上の原則を提起してきた。すなわち、(T)責任原因の如何を責任効果と結びつけないという原則(民法709条の解釈論)であり、(U)実際に生じた損害を超える損害賠償は認めないという原則(判例の立場)であり、(V)民刑事の責任追及手続は徹底的に分離されるという原則(制度上の切断)である。
 しかし、比較法的視座から検討するとき、(1)については英米法の懲罰的損害賠償が挙げられ、(2)については両手続が融合した制度(フランス法における附帯私訴)または損害賠償の範囲乃至種類が刑法上の評価に依存する制度(イタリア法、スペイン法)があり、(3)については近時のドイツにおいて不法行為法が被害者救済のための制度としては不徹底かつ非効率であることが指摘されており、これらの前提は必然的なものではないことが判る。また、上記の諸原則に関して日本の法律状態を見ると、原則(U)は判例上厳格に維持されているが、原則(T)には慰謝料額決定を初めとしていくつかの例外がすでに存在し、また原則(V)については損害賠償命令制度や被害者参加制度などの動きが刑事法領域に見出される。
 このような状況に鑑みて不法行為法の基本的性格を再考するとき、上記の諸前提はもはや自明ではない。不法行為法の民事責任規範としての側面を考慮しつつ、それらをなんらかの統一性を持った所与としてではなく各責任規範の原理、目的、機能を多角的多元的に把握し、なおかつそれらを法秩序の一部として他の法制度との関連において検討することが考えられる。とりわけ損害概念に着目して論じることにより、いくつかの示唆が提供される。第一に、従来の損害論においては差額説が通説であったが、近時の判例を検討すると、損害とその金銭的評価とを同一視しない損害事実説に親和的な説明を行っていることが指摘される。第二に、慰謝料(非財産的損害賠償)に関してこれまで厳密な「損害」概念を伴わずに裁判官の裁量によって決定されてきたことをいっそう詳細に検討する手掛かりが与えられる。第三に、利益吐き出しの損害賠償に関しても、上記原則(U)の制約を克服するための視角がもたらされる。
 近時の不法行為法理論に対して、秩序アプローチと権利論アプローチが大きな刺激を与えている。秩序アプローチの論者においては、不法行為法を複合的多元的な民事責任規範のセットとして捉える点が共有され、また行為規範形成機能とともに被害者のイニシアティブが重視されている。他方で権利論アプローチは、被害者の保護法益のみに着目するのではなく加害者の行為自由との間の権利間衡量として要件を再編する点にその固有の意義が見出される。
 質疑においては、利益吐き出し損害賠償と帰責原因との関係、責任範囲と連動させた場合の賠償範囲(損害の金銭的評価)の指標、慰謝料が制裁的機能を発揮し得る事例、利益侵害型不当利得との関係、他の法的手段(例えば差止め)とのバランス、カルテルなどによる利益侵害と不法行為との関係、制裁の内容を決定する価値基準、等について緻密な議論が行われた。
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平成19年度 第5回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年2月20日(水) 13:30〜17:00
   場 所:京都大学法経本館1階第11番教室
皆川 宏之氏(千葉大学法経学部准教授)
 「有償ボランティアの法律問題」
 本報告は、非営利組織(NPO)においてさまざまな立場で作業に従事する人々のうち、主として近年増加しつつある有償ボランティアを対象に、彼らを労働法上の労働者として認定することが可能かどうかを検討するとともに、併せて現行法上の有償ボランティアの取扱いにおける問題点について明らかにすることを意図したものである。有償ボランティアとは、近年NPOにおいて増加している就労形態であり、非正規職員ではないが何らかの対価を得ており、一概に無償ボランティアと言い切ることもできない人々を言う。彼らと非正規職員との境界は非常に曖昧であり、それゆえ労働法の適用対象となり得るし、もし現行のまま労働法の適用を免れている状態を放置すれば「仮装労働者」として労働法適用の潜脱に利用されるおそれがある。そのため、有償ボランティアへの労働法適用可能性を検討する必要がある。
 ところで、そもそもある労務従事者が労働法の適用対象、すなわち労働法上の労働者に認定されるための要件は、一般にその労務が指揮監督下の労働であり、かつ報酬と労務との間に対償性が存在することである。NPOにおける有償ボランティアがこうした要件を満たしているかどうかについてはこれまで判例の蓄積がないが、その手懸りとして、有償ボランティアと類似した就労形態をめぐる判例を見ると、関西医科大学事件判決に端的に示されているように、たとえ自発的意志をもって研修プログラムに参加していると主張される存在であっても、担当する労務が使用者のための労務の遂行という側面を不可避的に有し、その指揮監督の下にこれを行い、しかもそこで支払われる対価が給与の性格を有していれば、労働者として認定されている。このような事例もあるため、有償ボランティアが労働者的性格を有すると解される可能性はあるが、そのためには、上記二要件が満たされているかどうかを実態に即して見極める必要がある。
 最後に現行労働法体系における有償ボランティアの取扱いにあたって、シルバー人材センターで生じた問題を参照しつつ、労働の危険に対する保護が十分になされておらず、活動中の事故により傷病等の損害を被った場合の賠償責任が曖昧であることなどの問題点が示された。
 本報告の内容について、参加者の間では以下のような意見が出された。すなわち、(1)報告では有償ボランティアを含めたNPO団体での働き方が固定的だと想定されているように見受けられるが、実際には変化が激しく、同一人物が職員、有償ボランティア、無償ボランティアの立場を繰り返し移動していること、(2)問題関心の所在が労働法適用の潜脱に利用される可能性の回避にあるが、NPOの現場では、むしろ適当な処遇をしたいのにそれができず、やむをえず有償ボランティアとして処遇していることへの悩みがあり、両者の間の乖離が大きいこと、(3)有償ボランティアは法的概念ではないので、法的に取り扱う範囲を明確にしなければならないこと、などである。
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平成19年度 第4回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年2月2日(土)13:30〜17:30
   場 所:京都大学時計台百周年記念館 会議室
阪本 昌成氏(九州大学大学院法学研究院教授)
 「プライバシーと個人情報の財産権的な理論構成」
 本報告は、プライバシーの権利を中心に、個人情報保護およびパブリシティ権(肖像権)をLaw&Economicsの観点から捉えてみる試みであった。
プライバシーに関する不法行為は、異例の法制となっている。具体的には、@法益の内実外延が明確ではないこと、A「権利侵害」「損害の発生」「因果関係」が厳密に問われないこと、B抗弁が定型的でないことが挙げられる。そのため、アメリカにおけるプライバシー権は、あくまでも2次的権利として扱われる傾向が強い。R.ポズナーによれば、不法行為プライバシー権は財産権を原則として認めないとされる。なぜなら、Law&Economicsでは、社会的効用の増大が最も重視されるのであり、もし財産権を認めるとすれば自由な情報の流通を阻害することになるからである。ただし、プライバシー権を全く否定するわけではなく、会話を円滑にする場合には認められる。プライバシーの保護法益は、日本特有の判例・通説において人格的価値を認めているのに対し、アメリカにおいては明確に定義されているわけではない。
 一方、個人情報保護については、個人情報は、公共財としての性格を有するとともに、非排他性、非競合性という性質を持つ。個人情報取引においては、「市場の失敗」が顕著であり、社会的費用を消費者に押し付けている(外部化している)側面がある。そのため、消費者(情報主体)が、情報の効用を事前に見積もることは困難であり、財産権として認めることはできない。他方、タレントセレブリティの肖像権は、財産権として認め、また、パブリシティ権についても、財産権として認める。なぜなら、そのように財産権を認めることは、十分な経済的理由があるからであり、たとえば特定の人物の写真を広告目的に利用する際には、その写真に最も値打ちを見出す広告主にそれを購入することができるようにする必要があるからである。
 最後に、以下で3つの学派からのアプローチを述べることによって、プライバシー権を再度、根底から考え直すための契機とした。法哲学学派からは、不法行為プライバシー権ですら、その法益には実体がない。まして個人情報となると中身がないといえ、権利論をしっかりと構築することが必要である。また、表現の自由擁護学派からは、輪郭不明なプライバシー権は、表現の自由にとって危険であるとされる。上記2者に比べてLaw&Eco.学派からは、情報主体に排他的な管理権を法認するとすれば、影響を受けるのは表現の自由だけではない。つまるところ、人々の社会的交渉・接触における取引費用を高めてしまうことになるとする。
質疑においては、表現の自由とプライバシーの権利との関係、個人にとって秘匿しておきたい真実情報を暴露した場合の対応、名誉とプライバシーの関係、刑法での名誉毀損とプライバシー保護の関係、民法709条、710条で保護される範囲、「人格」概念の定義について等、大変白熱した議論が繰り広げられた。
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平成19年度 第3回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成20年1月30日(水)13:30〜16:00
   場 所:京都大学法経本館1階 第11番教室
浦坂純子氏(同志社大学社会学部准教授)
  「NPOで「働く」ことを考える―精神的充足から有能な人材が定着する環境整備を―」
 本報告は、浦坂(2006)・浦坂(2007)をもとに、有能な人材がNPOでの労働から精神的な充足を獲得するだけでなく、そこに定着できる環境整備を図るため、現在のNPOでの労働の在り方を明らかにするとともに、その問題点と処方箋について検討しようとするものである。
 まず、アンケート調査をもとにした集計データを分析し、NPOの担い手の満足度や働き続ける意志に寄与している要因を検討した。これによれば、NPO活動に対する継続意志や満足度が、精神的充足・ボランティア精神・利他心のみに依存するものではなく、むしろ賃金水準や賃金決定方法も含めた処遇全般(労働条件)への満足度に左右されるという仮説が実証された。
 この点について、(NPOに振り向けられる資源の乏しさを前提としつつ)そこから引き出される政策的含意を考えれば、次の通りになる。NPO労働者については、活動への動機付けはさほど特殊なものではなく、人的資本蓄積や処遇改善に向けての努力が活動継続に有効となる。NPO自体については、財政的基盤を固めて賃金面にしわ寄せをせず、また、公平性・透明性・納得性を担保しながらの賃金支給が望ましく、さらに、本人が望む形態での活動を保障することが大切である。そして行政については、社会的意義や需要があっても、対価が得られにくい事業を手がけるNPOに委託事業等を通じた働きかけを行う必要がある。
 次いで、個別調査をもとに、個人・団体の状況変化に伴う労働条件の変化と今後の見通しを検討するとともに、個人のキャリア形成におけるNPO活動の位置付けを抉出した。すなわち、(1)有給職員雇用の経緯及びその後の変化、(2)調査対象者のキャリア及び労働条件、(3)経済的処遇の決定要因、(4)経済的処遇に仕事ぶりや成果を反映させるか、(5)労務管理上の工夫、(6)行政等との協働関係及び事業委託の6項目について分析した。
 その結果、(1)有給職員需要増と実績アップが(因果関係の特定は難しいものの)強い相関関係にあること、(2)長時間勤務に対して十分な経済的処遇がなされていないこと、(3)生計費を斟酌した分配が行われており、また活動者より労働者を優先した分配がなされていること、ただし、職員数の増加に伴って各自が抱える事情や労働条件の透明性が減少し、納得性の保持が困難になること、(4)仕事ぶりや成果が経済的処遇に十分に反映されているとは言い難いこと、その原因として個々人に成果を帰する査定が困難であることの他、人件費に割ける資源が乏しかったり、就業の場を提供することがミッションの一部になっていたりする場合はなじまないなどの理由があること、(5)教育訓練の充実、勤務時間の柔軟性、自主性の尊重などが労務管理上の工夫として取られていること、(6)行政からの助成金や事業受託が各団体運営の節目で大きな役割を果たしており、しかも行政側のわずかな努力により協働関係の大幅な改善が見込めること、ただし、行政による下請けに甘んじざるをえない状況にあることも多く、行政に対して主体的に対峙できるか否かが問われていること、などが明らかにされた。
 総じて言えば、職場としてのNPOは経済的処遇の不十分さが目に付き、NPOしか行き場のない人の生活保障が危うい。そのため、対価が得られにくいNPOにおける様々な工夫、とりわけ行政の支援体制が重要であり、福祉的な意味合いにおいてそれらを行うことも考慮されうる。
 以上の報告に対しては、(1)労働法の対象者となる労働者については指揮命令関係があることが要件となるが、報告に挙げられた人々には指揮命令関係があるのかどうか、(2)NPOにおける正規職員と非正規職員の区別はどのようになされるのか、(3)NPO団体において行政や政治に対して処遇改善を求める運動などはないのかなどの質問のほか、(4)NPOで働く人々が、行政からでさえ最低賃金以下で使用できる存在と見なされがちである現状には、大きな問題があるなどの意見が出された。
【参考文献】
浦坂純子、2006、「第3章 団体要因・労働条件・継続意思?有給職員の賃金分析を中心に?」、『労働政策研究報告書No.60 NPOの有給職員とボランティア?その働き方と意識(共著者:小野晶子他3名)』、独立行政法人労働政策研究・研修機構、pp.73-102.
浦坂純子、2007、「第1章 労働条件と継続意思?団体要因から考える?」、『労働政策研究報告書No.82 NPO就労発展への道?人材・財政・法制度から考える(共著者:小野晶子他10名)』、独立行政法人労働政策研究・研修機構、pp.23-58.
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平成19年度 第2回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成19年11月24日(土) 14:00〜16:00
   場 所:京都大学法経北館3階 第12演習室
城下 賢一氏(京都大学大学院法学研究科研究員(学術創成))
 「岸内閣の社会保障政策をめぐる政治と行政」
 本報告は、岸信介内閣下の1958年度予算編成において最大の政治争点となった軍人恩給増額問題について取り上げ、その政治過程を明らかにするとともに、皆年金制度の成立へ向けての促進作用を明らかにしようとしたものである。
 軍人恩給は、GHQの指示によりいったん廃止されたものの独立回復とともに再設置された。しかし、給付水準の引き上げ問題と文官との格差問題がなお残った。1957年度予算が積極財政を打ち出したことで、上記二問題を中心に軍人恩給の増額要求が高まり、与党・自由民主党は増額実現を政府に要求することを決定した。自民党の決定の背景には、圧力団体が強硬に実現を求めていた事情があった。圧力団体のなかでもとりわけ影響力が大きかった日本遺族会は戦没者遺家族により組織された団体で、組織人員は200万人を越え、議員は選挙を考慮し、その要望に配慮しなければならない立場にあった。
 政府では、軍人恩給の増額をいったん認めると既得権益化し将来にわたって支出が固定化するため、特に大蔵省を中心にこの問題には消極的であったが、与党内の強い主張に押されて簡単に退けることもできなかった。そこで、恩給をめぐる問題は複雑で他の制度等に与える影響も多岐にわたるため慎重な検討が必要との理由により、国会議員、関係各省次官及び学識経験者からなる調査会を設置して問題の全般的な検討を任せるとともに、決定の引き延ばしを図った。調査会の審議は、当初から、軍人恩給増額を強硬に求める国会議員側と、これ以上の増額に反対し、社会保障制度の整備を行い、それにより遺族の生活保障をすべきとする学識経験者との間で厳しい対立が起こり、双方の対立は審議を進めれば進めるほど抜き差しならないものになっていった。その結果、調査会の答申は両論併記のかたちになり、問題は再び政府・与党の折衝の場に戻されることになった。
 岸首相は、必ずしも軍人恩給増額に積極的ではなかったが、その立場を明らかにすることはしなかった。増額に積極的な与党議員らに対して強く反対したのは、一万田尚登蔵相・大蔵省であった。57年度の積極財政が国際収支の急激な悪化を招いたと考える蔵相・大蔵省は、岸首相が意図した以上の財政緊縮下を図り、提示された1958年度予算の大蔵原案では、軍人恩給についてほとんど増額を認めなかった。大蔵省の姿勢に猛り狂った与党では、大野伴睦副総裁がこの問題の収拾に乗り出し、首相に対して、恩給増額で決着を図ることを求めた。岸首相は、彼が熱心に進めていた道路整備政策では大蔵原案を批判し、その増額を認めさせており、大蔵原案を修正させていた手前、他の要求について大蔵原案の養護に廻ることが難しく、しかも大野が内閣を支える領袖の一人であったことも大きく、その要請を受け入れざるをえなかった。こうして58年度予算での軍人恩給増額が決定した。
 政府・与党によるこの決着は、軍人を優遇するものとして新聞を中心とした世論の大きな反発を招き、政府はその対応を迫られざるをえなかった。政府・与党は従来、皆保険・皆年金の実現を公約に掲げており、順次その整備を進めていたが、皆保険を先にし、皆年金を後にする予定であった。しかし、強い批判にさらされたこともあり、皆年金を先んじて実現する意志を表明し、これが1959年に国民年金法が成立する大きな要因となった。
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平成19年度 第1回社会秩序形成部会研究会
   日 時:平成19年10月20日(土) 14:00〜16:00
   場 所:京都大学法経北館3階第12演習室
田中 秀一郎氏(京都大学大学院法学研究科研究員(学術創成))
 「日独の年金給付引下げに伴う諸問題」
 日本の年金制度は、2004年改革によって@マクロ経済スライドの導入(実質的には毎年0.9%の引下げ)、A年金保険料水準の引上げ後の固定化(2017年度以降18.3%)、B50%を下限とする給付水準の漸次的引下げがなされた。このような年金給付の引下げは、憲法では25条および29条の問題とされる。まず憲法25条に関しては、本改正は違憲とまでいえないとするのが通説であり、仮に1項2項分離論をとるとすれば、同条2項にはより広範な立法裁量が認められることになる。一方、憲法29条に関しては、年金受給権も財産権のひとつとされる。そして財産権の内容を変更する場合は、@財産権の性質、A内容変更の程度、B変更により保護される公益の性質を考慮することが最高裁判例で確立されている。しかし、年金額の引下げについて裁判所は、いまだこの要件を用いて判断していない。そこで本報告では、財産権という観点からドイツ年金保険の裁判例および近時の改正を検討することにより、年金給付の引下げに関する規範的な限界づけの可能性を模索した。
 ドイツ連邦憲法裁判所の裁判例の流れとしては、戦後、財産権の保護の対象を私権から公権へと拡大し、1980年代には公権の中でも社会保険への適用を認め、その認定要件を創出した。当該要件は、学説・判例により若干の差異があるものの、@排他的に帰属する私的有用性、A少なからぬ自らの貢献、B生存保障に役立つこととされる。そして近年においては裁判によってそれら要件へのあてはめがなされている(具体例として、遺族年金、東西ドイツ統一に伴う年金調整、亡命者や追放者への外国年金)。年金給付をどの程度引き下げるべきかについては比例原則を加味して判断されている。
 一方、ドイツの制度改正においては、近時2004年に日本と同様に人口および経済状況によって変化する持続性要素が年金算定式に導入され、実質的な年金給付水準の低下をもたらした。また、年金課税を事後的な課税形態へ変更することによってさらに年金給付水準が低下することになった。
 日本法への示唆として第一に、ドイツの上記3要件は、裁判上あるいは立法上、年金給付引下げの範囲を制約する判断要件となりうるとした。このことは、比例原則を満たす立法裁量の下で、年金給付の引下げを行う際の優先順位をつけることにもつながる。第二に、日本においても年金給付に対する期待を期待権として権利性を認め、その始期を明確化すべきであることを指摘した。そうすることによってもまた、裁判上保護される適用範囲が明らかになるとともに、立法裁量が制約されうることになる。
 質疑応答においては、比例原則と広範な立法裁量との関係、年金給付引下げに対する憲法29条の積極的根拠付けの可能性をはじめ多角的な意見が出された。
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