研究目的

人類が核エネルギーを有益に利用するためには、個人・私企業・公共団体の平均的な寿命・存続年数をはるかに上回る、きわめて長期間にわたる核物質の管理が必要となる。この管理のシステムは、ハード面では、最先端の施設・設備を用いた原子力政策として現れるが、ソフト面では、立法・行政・財政・司法の各サブシステムからなる原子力法システムという形をとる。本研究は、原子力法システムがかくまで超長期的な原子力政策を裏付けるだけの持続可能な公共財となりうるか、具体的には、超長期的な時の経過に耐え、かつ、憲法・行政法・租税財政法の基礎理論に照らして正当化される各サブシステムが全体として整合性のとれた原子力法システムを作り上げられるかという問題を解明することを目的としている。

福島原発事故から5年を経過し、核エネルギーの利用をめぐる政策論は、ひととおり出し尽くされた観がある。他方において、いかなる政策論をとろうとも回避しがたい法律論として、既存の原子力法システムが重大な問題を抱えていることもまた浮彫りとなった。核エネルギーの利用を継続する場合はもちろん、中止する場合にも、すでに蓄積された核廃棄物や事故により拡散された汚染物質が存在する以上、原子力政策は超長期的な核物質の管理を不可欠とするところ、その裏付けとなる原子力法システムは果たしてこれに見合うだけの持続可能性を備えているのかという点である。この問題は今や、原子力法システムを組成するサブシステムである立法・行政・財政・司法すべての過程において提起されつつある。

立法過程についていえば、核エネルギーの利用推進をうたった原子力基本法をはじめとする諸法律はもっぱら現存世代の利益に基づいて制定され、「まだ生まれていない者」の利益はほとんど顧慮されていなかったのでないかという疑問が浮上している。従来の憲法学界では、憲法それ自体や違憲審査制度の正当性が論じられる際、“死者による生者の支配”が論じられることはあったが、生者による「まだ生まれていない者」の支配という理論的関心は希薄であった。

行政・司法過程についていえば、原子力政策に伴うリスクを評価し、当該リスクに対処する義務を各アクター(事業者、地域住民、国等)に配分する手続は、わが国では、行政過程と司法過程が連動して行うこと(原子炉の設置許可手続及び抗告訴訟手続)もあれば、司法過程が単独で行うこと(人格権に基づく民事差止訴訟)もある。前者の手続は、バックフィット規制の導入及び非申請型義務付け訴訟の法定により、原子炉の設置段階だけでなく運転段階でも反復され、事業者に最新の科学的知見に基づくリスクへの対処を命じ直すことを行政庁に義務付けうるものとなった。加えて、電力小売りの自由化により、一般電気事業者の(伝統的な行政法学でいう)公企業としての位置付けが曖昧化しつつあり、このことがリスク対処義務の配分に影響する可能性もある。従来の行政法学界では、現行の原子炉等規制法がいわゆる段階的安全性論に基づいて立法されていることを前提に、同法が予定している行政組織・行政手続の反映として、どの範囲の者が司法審査を作動させることができ(原告適格)、どのような司法審査が行われるか(裁量統制)、この手続は民事差止訴訟とどのように役割分担すべきかといった問題が、好んで論じられてきた。しかしながら、超長期的な時間軸を取り込んだ原子炉等規制法の姿はどのようなものか、それが行政法の基礎理論に照らして正当化されるか、といった研究は、これまで必ずしも十分に手がけられてこなかった。

財政過程(国家がその運営に要する資源を取得し、再分配し、再び取得するというサイクル)についていえば、原発の設置・運転コストは、立地自治体の振興費を含め、電気料金の形で大都市圏の利用者に転嫁され、また、各種の租税優遇措置を通じて一般国民が肩代わりしてきた。しかしながら、超長期的な核廃棄物の管理費用の負担ルールはいまだ制度化されておらず、国が自治体を財政的に“抱き込む”立地選定のプロセスも、その将来にわたる維持可能性は自明のものでなくなりつつある。基盤研究(A)(一般)「国家による『非営利型移転』の支援と公共サービスの設計」(平成24~27年。代表:高木光)では、財政過程の総論的な基礎付けに焦点が当てられたが、これを原子力法の特性に即して各論的に展開することが求められている。

本研究の特色・独創性

本研究の特殊性・独創性は、次の3点に要約される。

第1は、超長期的な時間軸を設定し、これに耐えうる法システムの成立可能性を考究するという点である。例えば現行の原子力損害賠償スキームでは、事故を起こした電力会社は、将来収益を賠償に充てるべく“生かさず殺さず”の状態におかれるものの、法人としては存続することが予定されている。また、電源開発促進税・電源開発促進勘定を中心とする現行の地域振興スキームでも、立地自治体が永続することが当然の前提とされている。しかしながら、前者については、電力の安定供給に支障をきたすことなく将来にわたって維持してゆくためには、現在の10電力体制そのものの見直しに踏み込まざるをえなくなる蓋然性が高い。また、後者についても、いわゆる消滅自治体の問題が現実味を帯びる中、前提自体にさかのぼって再検討することが不可避である。このように、現行法制を与件とした解釈論にとどまるのでなく、正面から制度設計論を俎上に載せる点に、本研究の特色がある。

第2は、原子力法システムを組成するサブシステムである立法過程、行政・司法過程及び財政過程が、それぞれ憲法学・行政法学・租税財政法学という各専門領域の基礎理論に照らして、正当なものと評価されうるかを考察するという点である。法システムを政策論として構想することができたとしても、それが法律論として正当化されない限り、真に持続可能な公共財になったとはいえないからである。このように、専門領域ごとに彫琢されてきた学問体系・方法論に必要な修正を施しつつ、新たな理論的課題に応用する試みを通じて、各専門領域の学問体系・方法論の内容をより豊穣なものにしようとする点に、本研究の特色がある。

第3は、各サブシステムが各専門領域の基礎理論に照らして正当化されたとしても、サブシステム相互間に齟齬があるとすれば、法システム全体としては合成の誤謬に陥ってしまうため、専門領域の垣根を超えた公法学の一般理論に照らして、総体としての法システムが整合的なものとなっているかを考察するという点である。例えば、将来世代の利益を顧慮した立法権に関する新たな憲法理論が提示されたとすれば、行政法理論の側では、法律の留保論をより柔軟なものとして、これとの接合を図ることが求められる。このように、立法過程、行政・司法過程及び財政過程がそれぞれ複雑に絡み合っているという認識に基づき、原子力法システム全体を包括的に分析しうるような公法学の一般理論の構築を目指す点に、本研究の特色がある。

本研究で明らかにしようとすること及び予想される成果

本研究で明らかにしようとすること及び予想される成果は、次の3点に要約される。

第1は、超長期的に持続可能な原子力法システムを組成するサブシステムである立法過程につき、これを正当化しうる憲法理論の展開可能性である。その一例として、現存世代が将来世代の利益を顧慮しつつ、どのような実体的・手続的ルールに基づいて民主的決定を行っていくべきかについての知見が得られることが期待される。

第2は、超長期的に持続可能な原子力法システムを組成するサブシステムである行政・司法過程につき、これを正当化しうる行政法理論の展開可能性である。その一例として、行政決定を長期的に安定したものとするためには事業者、自治体、住民、国民等を行政手続に参画させてゆくことが欠かせないが、どのような段階でどのような参画を認めることが理論的に要請されるかといった問題についての成果が予想される。

第3は、超長期的に持続可能な原子力法システムを組成する財政過程につき、これを正当化しうる租税財政法理論の展開可能性である。その一例として、現在は租税と呼ばれている財貨移転の基準となる課税ベースは人の生存そのものや生存のための消費や能力に基づくべきでないかといった理論が提示されることが見込まれる。

第4は、持続可能な原子力法システム全体に関する公法の一般理論である。例えば、従来の立地選定の行政過程と財政過程は、互いに制度的な慣性(inertia)によって結び付けられてきたが、このような結び付きの性質を理論的に解明し、憲法・行政法・租税財政法を架橋・統合する一般公法の基礎理論を提示することが期待される。